25歳で永遠に老いない身体を手にした彼女の人生「無垢な吐露が切なく苦しい」/『ここはすべての夜明けまえ』書評
日刊SPA! / 2024年4月16日 8時51分
それから数十年がたち、やがて2人の生活は「シンちゃん」の老衰により終わりを迎えた。ひとり残された25歳のままの「わたし」は、家族史のことを思い出し、書き上げる。そのうちにどうしても誰かと喋りたくなって、旅に出ることにした。行き着いた先で「わたし」が出会ったのは――。
平仮名で埋めつくされた、子供のようにたどたどしい言葉づかいと独白体は、物語をさらに切実なものにする。心に傷を負ったトラウマから、誰にも本心を打ち明けることができなかった「わたし」の途方もないさみしさに触れるたび、これが小説であるということも忘れて気が遠くなるような感覚をおぼえた。永遠に成長することのない「わたし」による、純度の高いイノセンスな吐露はあまりにも切なく、苦しい。
飲食や排泄に月経。生まれながらにして妊娠できてしまう身体を持つことへの嫌悪感。すべての生理現象が気持ち悪くて受け入れられなかった自らの思春期と、それらが嫌でマシンになることを選んだ主人公をどうしても重ねてしまう。今なら「多感な時期だから」と一笑に付されるようなことだったと理解できるが、その年代の自分にとっては耐えがたい苦しみだった。
意図していなくとも父親にされたのと同じように、幼い甥が自分を愛するように仕向け、洗脳していったこと。それは他人からちゃんと愛されたかったという切実な想いの裏返しに他ならないが、罪は重い。
終盤、「わたし」はこう呟く。
「じんせいでたったひとつでいいから、わたしはまちがってなかったっておもうことがしたいんです」。
物語の結末はあまりにも美しく、光に満ちている。
これはSFというジャンルでないと成立しえない、と強く思った。途方もない時間、老いない身体を携えてただ生きることを余儀なくされた主人公の空虚な悲しみや思いは、遥かな時間を超えて、今を生きる私たち読者と共鳴する。
そしてこの小説が、新人作家のものとは思えないほど爆発的な売れ方をしていることが嬉しい。誰もがきっと自分だけのさみしさを抱えていて、それに蓋をしたり忘れたふりをして生きている。偶然通りかかった書店で、本の佇まいから何となくシンパシーを感じて買う読者も多いのだろう。こういうかけがえのない作品が生まれる瞬間に立ち会えるこの仕事を、とても誇りに思う。
思えばいつだって、読書は別世界への扉だった。どんなに現実の設定で綴られる小説も、フィクションに変わりはないのだ。これまでの読まず嫌いを悔やみつつ、手始めに3回目の『君の名は』を観てみることにする。
評者/市川真意
1991年、大阪府生まれ。ジュンク堂書店池袋本店文芸書担当。好きなジャンルは純文学・哲学・短歌・ノンフィクション。好きな作家は川上未映子さん。本とコスメと犬が大好き
―[書店員の書評]―
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