1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 芸能
  4. 芸能総合

心身に負った“傷”は誰が癒やすのか――さまざまな傷と向き合う10の物語/千早茜『グリフィスの傷』書評

日刊SPA! / 2024年5月15日 15時50分

〈瞬きを、する。このまぶたに傷をつけてくれた人のことをおもう。あのひとのおかげで、あたしの目は世界を映している〉

 インパクトがある「この世のすべての」に対して、最終章の「まぶたの光」はまた違う印象を残す。先天性眼瞼下垂(がんけんかすい)という、まぶたがうまく開かない病気に幼少期にかかった中学3年生の女子生徒〈あたし〉と、手術を行った女性医師〈さやちゃん先生〉の二人が織りなす夏のある日の物語だ。

 経過観察のために郊外の中学校からバスや電車を乗り継ぎ渋谷で降り、スクランブル交差点やファッションビルを抜け、先生がいる病院へ向かう。学校のプールサイドでの同級生とのエヴァーグリーンなやり取り、ネオンや人々の喧騒が降り注ぐ渋谷、不安気な患者たちがいる病院。今は完治して一人で病院に通う〈あたし〉の目に映る風景が鮮やかに描き出され、こちらもぐっとその世界へ引き込まれる。

 幼い〈あたし〉に、医師になって初めてまぶたの手術を施した先生は、〈手術ってね、もう一度、傷つけることなんだよ〉と言う。傷つける傷つけられるを通して二人の間に流れた10年以上の月日が、〈あたし〉にとっての掛け替えのない大切な思い出として、より輝いていく。また先生との絆を確かめ合うような会話が、かつての幼子と大人から、現在の少女と大人の関係へと変わったギャップを埋めていく。読みながら密やかだけれど大胆な感情の交わりに眩しくなり、思わず目を閉じて、二人の世界へ身を委ねたくなってしまう。まさしくこの本のラストにふさわしい作品だった。

 ここでは紹介できなかった作品の、他人には推し量れないさまざまな傷は、読者が自身の過去や今を重ねてあれこれ思いを巡らすのにも悪くない。そして、傷が癒えても、あるいは消えない傷痕を持っていても、人間として生きる切実さを描き切ったこの短編集から、長編作家としても活躍する著者の新たな想いを受け取ってほしい。その上で、日常生活やSNSにおいてコミュニケーションに傷つき悩む人々にお薦めしたい小説だと、とても感じるのだ。

評者/山本 亮
1977年、埼玉県生まれ。渋谷スクランブル交差点入口にある大盛堂書店に勤務する書店員。2F売場担当。好きな本のジャンルは小説やノンフィクションなど。好きな言葉は「起きて半畳、寝て一畳」

―[書店員の書評]―

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください