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「喪失は簡単に整理できない」――母親の「私」と自殺してまもない息子の対話/『理由のない場所』書評

日刊SPA! / 2024年6月4日 8時49分

 母と長男の「対話」は、結局のところ母の想像上の営みでしかない。きっと長男はこう言うだろう。この問いかけには返答しないだろう。これまで築き上げてきた関係性と記憶を頼りにして、その「対話」は続けられる。ゆえにそれを読む私たち=他者は、その多くを理解できない。
 読前の私はわかるのではないかと思っていた。身近な者がいなくなってしまったことをうまく整理しきれていない今ならば(偶然に導かれたような気もするし)、何かヒントになるものがあるのではないか、つまり経験を再確認するための読書になるのではないか、と思っていた。だがそこに描かれていたのは、喪失がもたらす痛みと苦悩の渦中に投げ込まれ、他者=読者に対して取り繕うこともできない「母=著者」だった。整理などされていなかった。整理しようともがき、同時に整理したくないともがく者が、ただそこにいるだけだった。

 私が「わからなかった」のは、長男を亡くした母と、草野球のチームメイトを亡くした私のあいだに、喪失(の痛み)の軽重の違いがあるからではない。そこに比較を持ち込んでしまうのはナンセンスだ。重要なのは、喪失は簡単に整理できるわけではないということと、その整理しきれなさを他者にわかってもらえなくてもいいということ、この2つなのではないだろうか。
 もちろん、「わかる」という者もいるだろう。著者の分身としての「母」の、一種の現実逃避とも言える「対話」を知っている者にとっては、本書は救いになりうる。同時に、「わからなかった」者にとっても、突拍子がなかったり辻褄が合わなかったりする現実逃避の存在(を知ること)は、いつかの自分を救うことになる。

 来年もルールブックは注文することにした。毎年たいした改訂もなく、草野球で厳密にルールブックに則って試合をするわけでもなく(そもそも試合ができる人数がいないし)、果たして毎年ちゃんと読んでいたのかすらわからない。いや、妙に細かいところにこだわる人だったから、律儀に読んでいたのかも。じゃあ私もちゃんと読むことにしようかな。でも正直言うと面倒だから、やっぱり読むのはお任せしたいかも。私の役目は仕入れるところまで。あと、ピッチング練習のとき、実はちょっと球速を抑えてました。本気で投げたら死んじゃうかも……と思って。余計なお世話でしたね。すみません。でも最近力の入れ方がわかったから、やっぱり捕れないかもしれないですよ。もう1か月以上もブランクがあるわけだし……

評者/関口竜平
1993年2月26日生まれ。法政大学文学部英文学科、同大学院人文科学研究科英文学専攻(修士課程)修了ののち、本屋lighthouseを立ち上げる。著書『ユートピアとしての本屋 暗闇のなかの確かな場所』(大月書店)。将来の夢は首位打者(草野球)。特技は二度寝

―[書店員の書評]―

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