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「ご飯がおいしい」「部屋がきれい」――人々を救い、自らを癒やす家事代行サービスの物語/阿部暁子『カフネ』書評

日刊SPA! / 2024年6月11日 8時50分

 やがて薫子はせつなと一緒に毎週末、依頼のあった家へ向かう。訪問先は、老いた親の介護や育児に疲れ果てた人がいる家、仕事が忙しすぎて家庭内に目が行き届かないシングルマザーの家……。各家庭で薫子は区別しないで無心に手を動かし掃除をして部屋を磨き上げる。せつなも目を見張るスピードと手際の良さで調理し、短時間でたくさんの身体にも心にも栄養がある食事を作り上げる。また凝った料理ではなくても、例えば家にいる子供とおにぎりを一緒に握ることによって心を通わせる。最初は遠慮している依頼者たちも2人の真摯な仕事ぶりに心を許して、少しずつ生きる気力が出てくる様子に、読者も他人事ではなく心を強く打たれるのではないだろうか。

 ボランティア先では協力し合う2人だが、それでも時にはお互いの考えと常識がぶつかり合う。環境や経済的に恵まれない人々が目立つようになった現在の日本に対して異論を唱えるせつな。いままで積み重ねてきた人生経験と世間の慣習により解決策を見出そうとする薫子。なかでも料理をすることで自身の感情を表現していたせつなが、あえて発した次の言葉はとても説得力がある。
〈人間なんてただでさえ行き違うものなんだから、言葉で伝えることまで放棄したら、相手にはもう何ひとつわからない〉(p144)

 だが言葉を交わしたとしても、ふとしたことで心を閉じたり、先の人生に対して絶望したりすることもあるだろう。そんな人に対してどのように接したら良いのだろうか。薫子とせつなの葛藤に考えさせられる。また2人だけではなく、誰にでも好かれ人柄の良かった春彦は、生前、せつなと一緒にこのボランティアに参加していた。両親の期待や周りを気にして弱音を吐けなかった彼に依頼者のある老婦人がかけた励ましは、同時に著者が日々の生活に苦しむ人々に対して、この本から届けたかった一つのメッセージなのかもしれない。
〈『あなたの人生も、あなたの命も、あなただけのもので、あなただけが使い道を決められる。たとえ誰が何を言おうとあなたが思うようにしていい』〉(p231)
 
 この世界で受けてしまった苦しみや傷を、すぐに治せる処方箋はないのかもしれない。それでもより良い方向へ歩もうとする薫子とせつなの言葉と行動は、まさしく生きるヒントになるのではないか。そして血縁やパートナー、友人ではなくても、2人のような大切な人にもし出会えたのなら、お互いに思いやり溢れる一匙の優しさをゆっくりと嚙みしめて味わってほしいと思う。題名でもある「カフネ」の意味は、ポルトガル語で〈愛する人の髪にそっと指を通す仕草〉だという。「カフネ」の想いを胸に抱きながら、いまどこかで辛うじて踏み止まり頑張っている誰かを助けてあげたい。当たり前に享受できる生きる喜びを届けてあげたい。少しでもそう考える人が増えてくれるのを願っている。

評者/山本 亮
1977年、埼玉県生まれ。渋谷スクランブル交差点入口にある大盛堂書店に勤務する書店員。2F売場担当。好きな本のジャンルは小説やノンフィクションなど。好きな言葉は「起きて半畳、寝て一畳」

―[書店員の書評]―

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