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中学部活の“ヒップホップ禁止令”が呼んだ波紋。「些細な問題すら当事者間で解決できない」社会が示すもの

日刊SPA! / 2024年6月14日 8時53分

◆十分な説明をしなかったことが学校の落ち度

 たとえば、ヒップホップには少なからず後ろ暗い側面がある。麻薬売買、銃撃戦に加えて、最近では人身売買の嫌疑をかけられているパフ・ダディや反ユダヤ主義を公然とかかげるカニエ・ウェストのような人たちも世間を騒がせている。

 そういうダークサイドと無縁ではないカルチャーの、たとえうわべだとしても、格好を真似しているだけなのだから大丈夫というわけにはいかない。どうしてもやりたいのであれば、それは校舎の外でお願いしたい。これは私の教育方針に反するものである、とか。

 校長先生がヒップホップやブラックミュージックについてどこまでご存知かはわかりませんが、制度の問題だけで終わらせずに、なぜヒップホップダンスを校内から締め出さなければいけないのかの自らの価値判断を正直に伝えるべきだったのですね。そうした考えが正しいか間違っているかではなく、価値観の押し付けと言われようが、まずは率直な考えを忌憚なく訴えることが子供を導く大人の責任だからです。

 それとは逆に、臭いものに蓋をしようと処理すればするほど外に広がります。現に国会にまで取り上げられてしまいました。本来、この程度のことは学校内で処理できるはずだし、しなくてはならない。

 多感な年頃の中学生に対して、あくまでも他人事の事務処理として終わらせようとした学校サイドが、初手から大きなミスを犯してしまったのです。

◆感情論に訴えた生徒・保護者サイドの問題

 次に、生徒、保護者サイドの問題です。“ヒップホップを禁じられて泣く子もいた”といった感情論に訴えたことは悪手でした。なぜならば、こうした激しい情動に対して、世論は冷淡な客観性でバランスを取ろうとするものだからです。

 いままで許されていたものが突然ダメになるなんておかしい、子供がかわいそうだ。その心情は理解できても、むしろ理解できるほどに、そうは言っても世の中にはやむを得ないこともあるよね、という合意形成がなされる。すると、校長先生の言う「ヒップホップは部活でなくてもいいと思う」を、過大に評価する土壌が出来上がってしまうのですね。

 筆者もヒップホップが部活でなければいけないとは思いませんが、だからといって校長先生の説明が十分だとも思わない。

 そこで部活にクローズアップすると学校制度の話で逃げられてしまうので、ここは「ヒップホップを踊ることに対し、さまざま意見があった」という“意見”とはどのようなものがあったのか、またそれに対する校長の見解を冷静に問いただしていくほうが効果的だったのではないかと思います。ヒップホップが目の敵にされた理由の言質を取るということですね。

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