認知症を患った老女の一代記は「意地悪でも朗らかでもない新しいおばあさん像を提示」/『ミシンと金魚』書評
日刊SPA! / 2024年7月2日 8時50分
![認知症を患った老女の一代記は「意地悪でも朗らかでもない新しいおばあさん像を提示」/『ミシンと金魚』書評](https://media.image.infoseek.co.jp/isnews/photos/spa/spa_20240702_02012167_0-small.jpg)
永井みみ・著『ミシンと金魚』(集英社文庫)
世の中には読んだほうがいい本がたくさんある。もちろん読まなくていい本だってたくさんある。でもその数の多さに選びきれず、もしくは目に留めず、心の糧を取りこぼしてしまうのはあまりにもったいない。そこで当欄では、書店で働く現場の人々が今おすすめの新刊を毎週紹介する。本を読まなくても死にはしない。でも本を読んで生きるのは悪くない。ここが人と本との出会いの場になりますように。
田舎に住む祖母の家に行くたびに、昔の写真を見せてとせがむ子供だった。白黒のアルバムの中で、今の面影を少しばかり残しつつもまるで別人のような祖母や、子供時代の母や叔母の姿を見つけては不思議な気持ちになった。私が生まれた時から、私にとっての祖母はずっと「おばあちゃん」だし、母は「お母さん」である。けれど写真の中で微笑む彼女らは、ひとりの女性で、ひとりの少女だった。
永井みみ『ミシンと金魚』は、認知症を患った老女の一代記だ。2022年に刊行された際に読んだ時の衝撃を、今でも鮮明に思い出せる。2年の月日が経ち、先日文庫化されてもなお単行本を一等地に置き続けているほどに、私はこの小説を愛している。
物語は、主人公の「カケイ」がデイサービス職員の「みっちゃん」と共に、病院の待合室で診察を待つシーンから始まる。カケイは誰も相槌を打たなくともよく喋る。例えばこんなふうに。
「まあ若いときは誰だって、あたしだって、自分だけはとしよりにならないぞ、とこころに誓って、としよりを厄介者あつかいしてたんだから、仕方ない。けど、しらないあいだに少しずつ少しずつとしよりになって、気がついたら誤魔化しようのないくらいとしよりになってるってのは、厄介者あつかいしたときの因果応報かもしんない。で、案の定、厄介者あつかいされちゃう。やったことをやられっちゃう。」
「けど、はずかしいなあ。おむつあててて、ガニ股で、手を引かれて、えっちらおっちら赤ん坊歩きするまで長生きするなんて、正直おもってなかったなあ。」
どきっとする。自分の祖母もこんなふうに思っていたりするのだろうか。なんで想像したことがなかったのだろう。祖母だけでなく、街ですれ違う老女も、喫茶店で談笑する老夫婦の妻も、さまざまな感情に溢れたひとりの女性であるのに。
けれど診察をする女医はカケイを軽んじる。診察結果はみっちゃんのみに伝え、カケイの質問は聞こえない振りをし、興奮状態を鎮めるためだけに、以前問題がみられた抗躁剤を処方する。寡黙ながらも、女医に対してぴしゃりと制するみっちゃんに、読者はほっと胸を撫で下ろす。
帰り際に車椅子を押しながらみっちゃんは言う。「カケイさんは、今までの人生をふり返って、しあわせでしたか?」。思いもよらない質問に面食らい、即答出来なかったカケイはゆっくりと自らの半生を回想し始める。
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