日本でしか通用しなかった「世界の亀山モデル」。液晶で伸び、液晶で散った悲しいシャープの歴史
日刊SPA! / 2024年8月24日 8時53分
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経済本や決算書を読み漁ることが趣味のマネーライター・山口伸です。『日刊SPA!』では「かゆい所に手が届く」ような企業分析記事を担当しています。さて、今回はシャープ株式会社の業績について紹介したいと思います。
シャープは日本を代表する電機メーカーの一つであり、戦前はラジオメーカー、戦後は総合家電メーカーとして成長しました。2000年以降は液晶に注力し、「世界の亀山モデル」を生み出した亀山工場、そして堺工場と次々に大型投資を進めました。しかし台湾・韓国勢の台頭で苦戦し、やがて台湾の受託生産大手・鴻海グループの傘下に入ります。液晶で伸び、液晶で散った悲しいシャープの歴史を振り返ってみましょう。
◆戦前はラジオ、戦後は総合家電
シャープは1912年に早川徳次氏が始めた金属加工業をルーツとします。1915年にはシャーペンの語源となる金属製繰出鉛筆を発明し、25年には国産第1号となる鉱石ラジオ受信機を発売しました。戦前はラジオメーカーとして成長し、戦時中の1942年に早川電気工業に社名を変更しました。
戦後は松下電気などの台頭に出遅れましたが、1953年にテレビ、57年には冷蔵庫と洗濯機の生産を開始し、総合家電メーカーとしての路線を歩み始めます。ちなみに53年から60年代にかけてはテレビ・洗濯機・冷蔵庫が「三種の神器」と呼ばれた時代です。そして、1970年にブランド名として使用していたシャープに社名を変更しました。ソーラー関連では1963年に太陽電池の量産を開始し、1980年にはオイルショックに伴う需要増加を背景として同事業を強化しました。
◆2000年以降は「液晶に賭ける」
以前より液晶の技術を持っていたシャープは1985年に小型液晶カラーテレビの試作に成功し、95年には液晶テレビシリーズ「ウインドウ」を発売しました。その後、ウインドウの後継として発売した「アクオス(AQUOS)」シリーズが大ヒットしたことで、以降は液晶に注力するようになります。
2004年に液晶テレビの一貫生産拠点として亀山工場を稼働、「世界の亀山モデル」のキャッチコピーで売り出しました。そして2009年には4,000億円以上を投じて堺工場を稼働しました。
今でこそ、この投資は失敗だったと言われていますが、新興国の台頭で日本の電機メーカーが自信を失っていた当時、シャープの積極的な姿勢は「日本のモノづくりの復活」を象徴するものとしてもてはやされました。
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