「世の中そんなものだよね」という“常識”を朝井リョウは小説でひっくり返す/『生殖記』書評
日刊SPA! / 2024年11月1日 15時48分
が、尚成は決して相手のことを尊重してそうしているわけではない。自分で動かないだけなのだ。共同体から外れないようにしつつ、共同体の「拡大、発展、成長」には加わろうとしない。その理由には彼の生まれもってのメンタリティーが大きく影響している。しかしそのメンタリティも、今の時代であれば「それも人それぞれだよね」とゆるやかに放置されてしまう。だが尚成のそんな考えが、後半、ある人物の独白によって揺らいでいく……。
尚成を通じて“語り手”の彼が語るのは、「人はなぜ共同体に属し、貢献しようとするのか」である。我々は常に何かの共同体に属している。
家族。
地域社会。
会社。
学校。
友人。
趣味の集まり。
仲間。
共同体から外れるのは難しい。そしておそろしい。所属することで私たちは「その組織の一員」という意識が芽生え、共同体に寄与することで評価を得ようとする。「自分も一員である」という意識が、行動や価値観を決定していく。
なぜ私たちは、共同体に寄与しようと考えるのか。それがこの小説の“問い”であり、クライマックスで提示されるその“答え”に読む者は圧倒される。
私たちはなぜ生まれ、何のために生きているのか。古来より多くの賢人たちが考え、答えを見つけようとした、人類史上もっともポピュラーにしてもっとも難しい問いの答えを、朝井リョウはこの『生殖記』という小説で「これじゃないですか?」と提示した。その答えは明朗快活なものだけで人生を埋めているような人によっては耳障りが悪すぎて「そんなわけはない」と承服できない解答かもしれない。だが私は、かなりの部分でこの答えが核心をついているように思うのだ。
朝井リョウは常に「人間」を見ている。競争や対立を排除された世界で生きる若者の苦しさを描いた『死にがいを求めて生きているの』もそうだったが、小説でこちらの感情を大きく揺さぶってくる。それこそが小説の、文芸の持つ大きな力であり、存在理由ではないかと私は思うのだ。ぜひ小説を読んで心をかきむしられてほしい。大きな声をあげてほしい。本が読めるうちに。
評者/伊野尾宏之
1974年、東京都生まれ。伊野尾書店店長。よく読むジャンルはノンフィクション。人の心を揺さぶるものをいつも探しています。趣味はプロレス観戦、プロ野球観戦、銭湯めぐり
―[書店員の書評]―
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