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「年をとっても人生はより生きやすいほうへシフトできる」ルーティンを愛する45歳女性が得た“希望と解放”/『ナチュラルボーンチキン』書評

日刊SPA! / 2024年11月12日 8時48分

 そんな中、文乃は運命の出逢いを果たす。直理に半ば強引に連れて行かれたライブで、珍妙な歌を歌ったり、デスボイスで客を煽ったりするハードコアバンド「チキンシンク」のパフォーマンスに衝撃を受けるのだ。自分の人生では一切関わりがなかった体験に呆然としながらも、とりわけ奇妙な存在感を放つボーカルが脳裏に焼き付いて離れない。そして、ライブ後に直理と訪れた居酒屋で、文乃はそのボーカルである「かさましまさか」と出逢うのだ。ステージ上の狂気じみた風貌とは違い、シャイで心優しい性格に混乱しつつも、2人は互いに少しづつ心を開いていく。

 45歳の独身女性と、41歳のバンドマン。物語からは取りこぼされそうな中年2人の、ぎこちなく、ささやかな関係性が愛おしい。文乃がなぜこんなにも保守的な性格で、ルーティンを好むのかが終盤で明らかになると、それまでのコミカルな雰囲気から一変する。人間の隠しておきたい心のうちが白日のもとに晒されていく展開は苦しくなるが見事で、息もできない。
「そういうことではなく、私はもう、一人で生きていくという方向にシフトしてしまったんです。ここから誰かと生きていくという方向にシフトし直すのは、多分ものすごく大変なことで、考えただけで疲れると言いますか、もう自分にできる気がしないんです」
 頑なな文乃に、まさかはいろんな選択肢を提案しながら、お互いが無理をする必要のない関係性を突き詰めていく。

 人間関係は面倒だ。誰かと深く関わるのは、異性でも同性でも疲れるし、表面的な関係でうまく全てが回るならそうしたい。本心を言って嫌われるくらいなら、相手の理想を演じているほうが楽だと、そう思っていた時期が私にもあった。そして文乃もかつてはそうだった。けれど、まさかや直理のような、自分とは異なる性質の他者を通して、次第に解放されていく。
 実は子供が大嫌いなこと、親がカルト信者であること、辛いものの食べ過ぎでいぼ痔になったこと。隠しておきたかった秘密を交互に打ち明けあって、それでも引いたりしませんよと笑い合える2人の関係性はあまりにも尊く、目頭が熱くなる。

 作者の金原ひとみは、この作品のことを中年版『君たちはどう生きるか』だと語っている。年をとっても、いろんなことを諦めていても、人生はより生きやすいほうへシフトしていける。そのことに気づき、翻弄されながらも行動する主人公の存在に勇気づけられた。タイトルの直訳は「生まれながらの臆病者」。文乃だけではなく、実は誰もがそうなのかもしれない。
 いつも妹に任せている旅行の計画を、今度は私がしてみようか。行き当たりばったりの旅程に、呆れながらも笑ってくれる姿が目に浮かぶ。

評者/市川真意
1991年、大阪府生まれ。ジュンク堂書店池袋本店文芸書担当。好きなジャンルは純文学・哲学・短歌・ノンフィクション。好きな作家は川上未映子さん。本とコスメと犬が大好き

―[書店員の書評]―

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