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麻木久仁子 高校時代に両親が離婚 母を支え弟、妹の面倒をみて家事をこなし「家族で乗り切った」

スポニチアネックス / 2024年6月21日 16時41分

麻木久仁子

 タレントの麻木久仁子(61)が21日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」(月~金曜後1・00)にゲスト出演。学生時代について語った。

 司会の黒柳徹子から「中学の時にはお父さまはいらっしゃらなかった」と振られると、麻木は「そうですね。父はいわゆる昭和のモーレツ社員ってありましたよね。24時間働けますかみたいな。まあだからよく働く人だったんでしょうけど、土日も接待ゴルフじゃないですけど、ほとんど家に寄り着かないような感じでしたね、今思うと」と振り返った。

 「でいつの間にかいろいろ他に女性ができたりしたみたいで。まあ父親とはいいコミュニケーションがなかったなと思いますね」と続けた。結局両親は麻木が高校生の時に離婚したとし「私、弟と妹できょうだい3人なんですけど、3人共母についていくことになって」と回顧した。

 母は長らく専業主婦をしていたというが「昼も夜も働いて、子供3人育ててくれて。よく頑張ってくれたなあと今思えば」と麻木。自身はきょうだいの面倒をみていたと言い「高校生の時から家事はしてましたね。ご飯作ったりとか洗濯したりとかはやってましたね」と明かすと、「だからその頃は若干恨みもあって。なんで私だけがこんな、みんな遊んでんのに家事をして、とか思った時もありましたけど」と笑ってみせた。

 「今思えばまあそういう時代をなんだかんだ文句言ったりケンカしたりしながら家族で乗り切ったなって。今は家族で集まるとお正月とかその頃の話が笑い話になって。あの時ケンカしたねとか、怒鳴り合ったねみたいなことが」と目を細めた。

 それでも黒柳から「奨学金で学習院(大学)の法学部にお入りになった」と紹介されると、麻木は「私は大学に進学して奨学金もらいましたけれど、まあ奨学金だけでは足りなくて、アルバイトざんまいで、今思えば本末転倒なんですけど。アルバイトばっかりやっていて、学校はおろそかになってしまって、そのうちに芸能界の仕事も少しずつするようになったので中退してしまったんですけれども」と説明した。

 「でも妹と弟は大学ではなくて専門学校に行ったんですけど、2人は新聞奨学生、新聞配達して学費を払ってもらう、それでちゃんと2人とも学校を卒業して。だからそういう意味では弟や妹には頭が上がらないところがありますけどね」としみじみと話した。

 また黒柳が「でも大学を中退せざるをえない境遇になって、お母さまに八つ当たりしたこともあった」と語ると、麻木は「相談しないで勝手に辞めちゃったりしてましたので。とにかくあたしの人生あたしが決めるんだから口出さないで、みたいなオーラを出してましたから、今思うと母には大変申し訳ないことをしたなと思いますね」と語った。

 「でも母は結局それからもずっと今日にいたるまで、何でも事後報告ですけど私の決めたことに何かケチをつけたりすることなく、常に応援してくれてたなというの気は、今になって思いますね」と感謝した。

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