宮川大助・花子(1)多発性骨髄腫の花子 何度も死の淵から救ったのは大助の大きくて深い愛の力
スポニチアネックス / 2024年6月24日 16時1分
夫婦漫才の第一人者「宮川大助・花子」の宮川花子(69)が多発性骨髄腫を患ってから5年が経った。自宅で意識不明になり2度も救急搬送を経験。心肺停止寸前までいったこともあった。闘病生活は心身ともに負担が大きく、筆舌に尽くしがたいほど壮絶。なのに、明るさが失われることがないのは、夫・大助(74)の献身的かつ深くて大きな愛のおかげだろう。闘病エッセイ「なにわ介護男子」(1650円、主婦の友社)を28日に発売するおしどり夫婦が奈良の街並みと若草山を一望できる自宅で、現在の生活を穏やかに語った。(取材・構成 江良 真)
【宮川大助・花子インタビュー(1)】
◆白血球が通常の10分の1に…先月も心不全で救急搬送◆
―先日、救急搬送されたとニュースで見て驚きました。そんなときに取材に来て大丈夫だったのでしょうか?
花子「もう落ち着いたからね。退院して10日くらいかな」
大助「抗がん剤というのは、いろんな所に影響が出るんですわ。今回は2回目で、白血球の値がドーンと下がってしもたんです。普通の人の10分の1くらい。ほとんど無抵抗状態になってしもて。血圧も60とか70まで下がってました」
―そんな状態に…。
大助「薬が全然飲まれへんようになって、口からだらーんと粉が出てたんです。これはあかん、と思って花子の姉に電話したんです。花子の姉は元看護師なので、すぐに救急車呼びー!となって。救急車に乗ったときにはもう意識がなくて」
―それはやはり、抗がん剤の影響が大きいんですね。
大助「抗がん剤というのは生きるのがしんどい、と思うくらい大変みたいなんです。ひっくり返って、意識なくなって救急車で運ばれたのは今回で2回目ですわ」
―前回はいつだったのですか?
大助「2年前の秋でした。数値の問題で抗がん剤を集中的にやったんですが、ものすごい汗をかいて、でも副作用でそれが発汗でけへんで、体の中もすごい汗で、その水が肺にたまって、寝返りうつたびに体がジャブジャブして、私、ゆうべ一睡もでけへんかった、とか言ってたから、寝ときぃなって言ったら、苦しい!救急車呼んでーとなってね。いわゆる肺に水がたまって心不全を起こしたんですわ」
花子「なんか溺れてるみたいな感覚やったなあ」
大助「救急車の中で、ぼくは花子頑張れー、花子頑張れー、言うてたんです。そしたらマイクが入ってたかなんかで、その声が外に筒抜けになってたみたいで(笑い)」
花子「丸聞こえ(笑い)。おかげさまで、選挙の投票で宮川花子に3票入りました、とネタにしておきました」
―(笑い)
大助「そのころはまだコロナも流行してるから、近くで看病でけへんし、病院の廊下でウロウロしてたんです。そしたら看護師さんに“ご家族の方だというのは重々承知しているんですが”って、看護師さんの顔に(ジャマ)って書いてて(笑い)。なんか伝えておきましょうか?って聞かれたから、オリックス優勝したで、と伝えてくださいと言ったんです」
花子「目覚めてから看護師さんに聞いて、何の話やねん?と思いました(笑い)」
大助「運ばれるまで日本シリーズ見ながら一生懸命応援してたからね、結果気になるかな?と思って(笑い)」
◆拉致されるー!!犯行グループの親玉は大助!?
―大助さん、律儀なんですね(笑い)。
大助「まあ、本人はそれどころじゃなかったんです。肺に水が入ってきて循環器に問題があるので、呼吸しやすいようにノドに少し穴を開けて管を入れるんです。鎮静剤みたいなのも入れてて、半分起きて半分寝てるような状態らしいんです。でも違和感を感じた患者さんが無意識に管を抜いたりすることがあるんで、家族に了承を得て両手両足をしばるんです。その状態で、患者さんの中には幻覚症状を見る人がいて、そしたら花子もそうで、両手を縛られて拉致されたと思ったそうです。ぼくが会いに行ったときもその親玉が来たと思ったみたいで、ひどい話ですわ」
花子「誰かわからへんから、わわ、あかん、連れていかれるって思ったんです。で、血も取られたりしたから、それが壁のほうに流れていってるように見えて、なんかホラー映画に出てるみたいでしたわ(笑い)」
大助「まぁ今は普通になってくれたんで、こんな話もできますけどね(笑い)」
花子「今回本を出したのは多発性骨髄腫のことを少しでも知ってもらいたくて書いたんです。俳優の佐野史郎さんも同じ病気で、本にコメントを寄せていただいたんですが、まだまだよく知られていない病気なので」
◆3年前に出た新薬がなければ“あの世”だった!?◆
―とても感銘を受けたのは、とにかく頑張って闘うこと。その間に医療が前進するかもしれないし、いい薬が出るかもしれない、という言葉でした。絶望的になってもおかしくない病状の方に、勇気を与えてくれる言葉だと思いました。
花子「実際、私の場合がそうだったんです。3年前に出た薬がピタっと合ったんです。合わない人ももちろんいるんですが、私は運が良かった。主治医の先生には、この薬ができてなかったら、花子さん、あの世に行ってましたね、と言われましたから」
―お気持ちは、やはり、とにかく舞台に立ちたいという気持ちから来るのでしょうか?
花子「いや、怖いです。だから先生にも言われてるんです。舞台に出て、しんどなったらやめてくださいって。だから大助くんにも言ったことがあるんです。しんどなったら、すぐにやめるよって。でも大助くんは、“それはいかんやろ、お客さんに失礼やろ”って言ったんやけど、そのとき私は芸人じゃない、病人だ、と言ったんです」
大助「一度NHKで収録があったときに久しぶりやったこともあって、ぼくがすごくハイテンションでやったんです、そしたら3分も経たないうちに嫁はんが息切れしてしまって、後のケアが大変やった。そのころから、もう講演のようなテンションで、家族漫才でええやんという気持ちにはなりましたね、ぼくらは高齢者やし、それをテーマに、だけど高齢者には高齢者の夢や希望もあって、そやねん、みんな生きてるんや、頑張ろう、みたいなメッセージを送るような漫才をできたらとは思います」
―それでも舞台に立とうと思うのは、やはり根っからの芸人さんということなんでしょうね。
花子「いや、そうそう。いまはほんとにそう思います」
大助「それと、お客さんですね。先月、NGKの舞台にも立たせてもらったんですけど、ほんまにエネルギーをいっぱいもらいました。花ちゃん、がんばれー!戻ってこいよー!と言われて、嫁も家帰ってきてもテンションが高いままでした、2日くらいテンションが下がれへん、だから嫁に、とにかくテンション下げてくれ、言うたくらい。そういうのがあるんで笑いながら病気と闘っていこうぜ、と思ってるんですけどね」
―もちろん、大変なこともあるんだとも思います。
大助「ささいなことなんですけどね。やっぱり、ケンカもしてしまうんです。嫁は体が動かないからイラつきながら、そこにあるものを取ってくれんかいなって言う。ぼくも腰が悪いんで、ぼくがよっこらしょって言いながら取って、ひと言ゆうからカチンとくるわけです。それが正直な毎日なんです」
◇宮川大助・花子(みやがわ・だいすけ・はなこ)大助1949年(昭24)10月3日生まれ、鳥取県境港市出身。花子1954年(昭29)8月28日生まれ、大阪市出身。2人とも芸人を目指していたが相方に恵まれず、同じ警備会社に就職したのをきっかけにコンビを結成し、そのまま結婚。79年にデビュー。80年代に入って頭角を現し、87年には上方漫才大賞などビッグタイトルを次々と獲得した。しかし、翌年に花子の胃がんが発覚。以降、大助の献身的な夫婦愛も話題になり、お笑い界随一のおしどり夫婦として知られている。
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