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軽トラ押して、陸上人生飛躍!五輪初切符期待されるスプリンター柳田大輝の原点 人生懸けた夏が始まる

スポニチアネックス / 2024年6月26日 5時1分

柳田家の幼少期。(左から)長男・大輝、次男・聖人、三男・聖大(家族提供)

 陸上のパリ五輪代表選考会を兼ねる日本選手権が27日、新潟市で開幕する。男子100メートル(29日予選・準決勝、30日決勝)では自己記録10秒02を持つ20歳の柳田大輝(東洋大)が優勝候補筆頭。今月に追い風参考ながら9秒97をマークし、五輪参加標準記録10秒00突破での初切符に期待がかかる。家族や恩師の証言を基に、飛躍の要因となったコロナ下での群馬・東農大二高時代の取り組みを振り返った。 (取材・構成 大和 弘明)

 世界中のスポーツが止まった20年春。群馬県の静かな農道で、軽トラックを次々に押す3兄弟がいた。大粒の汗を流しながら弟たちをけん引する長男が、東農大二高2年の柳田大輝。後にスターダムへと駆け上がるスプリンターだった。

 距離にして約80メートル。全国のどこにでもある道を、1人が約1トンの重量の軽トラを両手で押し続ける。残り2人は荷台に乗りながら、声を張り上げた。20年3月から約3カ月の間には、高校生の大会だけでなく東京五輪の延期も決定。誰もが絶望する中でも、走ることをやめなかった。

 日女体大時代に七種競技で活躍した母・昌代さん(44)が振り返る。「大輝が“何か押す物ないかな”とずっと言っていて、それで軽トラを思いついた。練習をしないという選択肢はなかったんだと思います」。昌代さんが仕事に出かける前、息子たちを館林市の自宅から母方の実家の明和町まで送迎。そこで待っていた祖父がニュートラル状態の軽トラのハンドルを握り、その秘密特訓は行われた。

 コロナ禍による休校措置で、柳田は自主練習用に持ち出すことを許された大量の練習器具を抱え、同高の寮から自宅へ戻った。東海大で三段跳びが専門だった父・輝光さん(43)は「大輝が高校で教わっていることをいろいろアレンジして、スケジューリングしていた」と語る。

 休校期間は実戦形式→筋力強化→休養と3日サイクルで練習に明け暮れた。実戦形式は、コロナ下でも開放された高崎市内の競技場まで輝光さんが送迎して実施。中学で日本一となり、当時専門だった走り幅跳びの技術練習や走り込みを行った。筋力強化の日は、柳田が創意工夫しながらメニューを組んだ。軽トラ押しに加え、自宅近くでの坂道ダッシュ。両親が仕事で家を空ける日は、自動車のない車庫がウエートトレーニングルームに変わり、全身の筋力をいじめ抜いた。昌代さんは「ドーンとシャフトを落とすので、だいぶ芝が沈んだこともあった」と苦笑いで明かした。

 毎日の練習後には必ず、400メートル障害元日本記録保持者の同高・斎藤嘉彦監督(52、写真)にメールで日誌を送った。強度の高い練習内容に、斎藤監督は「やりすぎるとつぶれちゃうぞ」と返信して諭すほど。競技場での練習の際、3密を避けスタンドから見守った指揮官は当時の驚きを忘れない。「速くなってるな、と。100メートルが速いから、幅跳びより100メートルにしてみないかと言いました」。広いストライドで力強く押すスプリンターが、形づくられていた。

 「早く試合に出たい」――。家族にそう打ち明けていた柳田の努力は、壮大な夢へとつながっていく。コロナ下での休校期間が明けた折、20年8月のセイコー・ゴールデングランプリへの出場が決定。高校生に用意された特別枠「ドリームレーン」に応募し、当選した。「“出たいです”と勝手に申し込んで“当たりました”と報告が来ました」と斎藤監督。くしくも出場種目は本命の走り幅跳びではなく100メートルだった。

 その予選で自己ベストを0秒15更新する当時高校歴代6位の10秒27を叩き出し、決勝では10秒36で多田修平、小池祐貴らに先着して5位。高校2年生が陸上界に衝撃を与え、運命は大きく変わった。斎藤監督は「100メートルの方が注目されるよ。100メートルの方が良いよね」と力説し「東京五輪を目指すなら(400メートル)リレーしかない。狙ってもいいんじゃないか」と提案。100メートル一本に絞り、20、21年の日本選手権とも現役高校生ながら100メートル決勝進出。東京五輪はリレーの補欠として代表チームに加わった。

 東洋大進学後の22、23年は世界選手権に出場。個人でも挑んだ23年に準決勝まで進んだスプリンターは、リレー侍としてのメダル獲得にも期待がかかる。創意工夫とたゆまぬ努力で磨き上げた強靱(きょうじん)な脚力で、日本選手権、そして夢舞台へ――。人生を懸けた夏が始まる。

《恩師も期待「心も姿勢も真っすぐな子」》

 東農大二高時代に100メートル日本記録保持者となった不破弘樹、宮田英明らを育てた前監督の鳥羽完司氏(78)も、柳田にとって欠かせない存在。高校時代から助言し、今も連絡を取り合う仲で「心も姿勢も真っすぐな子。生きているうちに日本記録を見たい」と期待する。「東農大二高は足で叩く走りではなく、足で押すことを重要視している」と言い、校内での坂道ダッシュなど徹底的な足腰強化がスプリンターを生み出す要因とした。同高卒業後に日本タイ記録を出した太田裕久を含め「4人集めて草津温泉でゆっくり話をするのが夢」と期待を寄せた。

 ◇柳田 大輝(やなぎた・ひろき)2003年(平15)7月25日生まれ、群馬県館林市出身の20歳。小学生から陸上を始め、館林一中3年時に全日本中学選手権で100メートル2位、走り幅跳び優勝。100メートルで日本選手権22年3位、23年2位、23年アジア選手権制覇。自己ベストは日本歴代7位タイの10秒02。1メートル83、78キロ。次男・聖人は東洋大2年で400メートル障害、三男・聖大は東農大二高3年で走り幅跳び選手。

 ▽男子100メートルパリ五輪への道 昨年の世界選手権6位入賞のサニブラウン・ハキーム(東レ)は参加標準記録10秒00を突破する9秒99を出し、日本陸連の規定で内定しており、日本選手権には出場しない。残り2枠を日本選手権で争う。一発内定の条件は参加標準記録突破かつ優勝のみ。突破できなかったり2位の場合でも世界ランクなどで可能性は残る。また、400メートルリレーの選考も兼ね、基準記録(100メートルは10秒08)や適性などを踏まえて編成する。

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