【内田雅也の追球】「前へ」が見えた“暴走”
スポニチアネックス / 2024年6月28日 8時1分
◇セ・リーグ 阪神8-1中日(2024年6月27日 甲子園)
左中間に弾む左前打を放った阪神・佐藤輝明が一塁を蹴った。左翼手から送球が来たが、まだ二塁に達していない。タイミングはアウトだ。手から滑り、タッチをかわすように二塁に触れた。
「アウト」の判定にベンチに向け、アピールした。監督・岡田彰布がリクエストしたが、判定は覆らず、天を仰いだ。
「野球では気持ちはプレーに出る。特に走塁に出る」というヘッドコーチ・平田勝男の言葉を思い出す。確かに暴走だったが気持ちは分かる。貧打が長引き、少しでも先の塁へ、「前へ」の思いがにじみ出ていた。
この夜も0―0が続いていた。ただし、この夜の阪神は極めて強気に、そして「前へ」の気持ちが出ていた。
1回裏、不調の近本光司に代わり1番センターで起用された島田海吏が四球で出ると、中野拓夢の初球ヒットエンドランを仕掛け、一、三塁を作った。3回裏2死、内野安打で出た島田はまた初球に走った。二盗は失敗したが、岡田は「思い切っていった結果やろ。仕方ない」と気にもとめなかった。結果が0点でも心や姿勢が違っていた。そして佐藤輝の果敢な走塁憤死である。
あえて暴走と書いたが、佐藤輝の果敢な走塁はチーム、球場の空気を変えていた。1980年代に活躍した野球批評家・草野進風に書けば、義務ではなく、権利としての空間になっていた。
求心力でなく遠心力野球を掲げた三原脩が<選手は惑星である>と著書『風雲の軌跡』(ベースボール・マガジン社)に書いている。<この惑星、気ままで、ときには軌道を踏みはずそうとする。そのとき発散するエネルギーは強大だ>
こうした流れで迎えた7回裏だった。先頭の中野が左中間二塁打。続く森下翔太の強い投ゴロに飛びだした中野だが、打球を弾くのを見て三塁へ走った。投手の焦りもあって三塁で生きたのだった(記録は野選)。
これも、本来は暴走だが「前へ」の気持ちが見えていた。この無死一、三塁から大山悠輔、前川右京、佐藤輝が3者連続適時打とたたみかけ、ビッグイニングにしたのだった。8回裏は雨の中のお祭りで、5安打でまたビッグイニングとした。
レギュラーシーズン143試合はきょう28日でちょうど中間点の72試合目を迎える。「前へ」の心を忘れず、折り返したい。 =敬称略= (編集委員)
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