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トレンディエースが人生観変えた台湾での思い出「台湾に行かなかったら監督にはなっていないだろうな…」

スポニチアネックス / 2024年6月29日 8時3分

2007年のアジア野球選手権で、地元台湾メディアから取材を受ける西武・渡辺久信監督(右から2人目)

 西武・渡辺久信監督代行兼GM(58)から聞いた話だ。1930年、日本統治時代の台湾で「霧社事件」という悲惨な事件が起きた。日常的差別を受けていた中央山間部の先住民族が、運動会に参集した日本人などを標的として襲撃。その後、日本側の攻撃も行われ、双方に多くの犠牲者が出た。

 先日、渡辺監督代行は「日本人と台湾の先住民と両方に手向ける花束を2つ持って、現地に行ったことがあるんだよ」と話し始めた。西武、ヤクルトでプレーし、1999年から3年間、指導者の勉強も兼ねて台湾プロ野球・勇士でプレーした。その当時「霧社事件」を本で読み、シーズン中の2連休を利用し同地を訪れたそうだ。

 慰霊した後に、1泊3000円の安宿に宿泊し、飲食店に向かった。現地の台湾人がテーブルを囲んでいたが、そのうち、統治時代に習った日本語を話すことができる老人から「お前は日本人か?」と聞かれた。「そうだ」と答えると「ここがどんな場所か知っているのか?」と眼光鋭く言われたという。「だから来たんだ」と答えると、一人の若者が「ワタナベか?」とプロ野球選手であることに気づいた。その後、テーブルに誘われ、午前3時まで酒を酌み交わし、打ち解けたそうだ。

 霧社事件を描いた「セデック・バレ」という2011年の台湾映画がある。第1部、2部、合計4時間36分の超大作で、渡辺監督代行は夫人と一緒に映画館で観たそうだ。記者も先日、プライムビデオで観て、渡辺監督代行から台湾の現住部族の構成について追加で解説してもらった。

 トレンディエースや新人類と言われ「俺は指導者というタイプじゃなかった」という指揮官。現地の野球や文化に触れ人生観が変わった。「台湾に行かなかったら監督にはなっていないだろうな…」。たとえ不自由なことが多くても、異国での経験は人生を変える。(記者コラム・神田 佑)

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