【内田雅也の追球】「窮地」破った「勇気」
スポニチアネックス / 2024年7月3日 8時2分
◇セ・リーグ 阪神3-0広島(2024年7月2日 マツダ)
<人生はヒットエンドランのようなものだ>と書いたのは、主に1970年代に活躍した野球評論家、近藤唯之だった。著書『白球に賭ける!――人生ヒットエンドラン』(現代企画室)にある。<打球が間を抜ければ一気に好機到来。正面を突けば併殺で逸機。ヒットエンドランにはそんな人生模様がある>。
この夜、阪神が膠着(こうちゃく)状態を打ち破り、勝利をたぐり寄せたのは、このヒットエンドランだった。
0―0の延長10回表1死一塁、打者・島田海吏1ボール―1ストライクで仕掛けた。一塁走者・小幡竜平が走った。島田の一打は右前に弾んだ。
小幡は三塁に向かった。右翼手・野間峻祥の三塁送球は乱れ、バックアップの投手もそらしてカメラマン席に入った。テークワンベースで小幡が決勝の本塁を踏んだ。
ヒットエンドランで三進は当然と思われるが、当たりがライナーで野間捕球の時点で二塁を蹴ったばかり。だから刺せると踏んで三塁へダイレクト送球したのだ。そして乱れた。小幡力走が生んだ決勝点だと言える。
小幡は8回表にも一塁走者としてバントで二塁を奪い(犠打野選)、中飛で三塁を奪う好走塁があった。持ち前の足と果敢な勇気が光っていた。
実は小幡が四球を選んだ時、予感がした。昨年4月1日のDeNA戦(京セラ)、5―5の延長12回2死一塁で四球を選び、右こぶしを握りしめた。あの小さなガッツポーズが続くサヨナラ勝利を呼んだ。小幡の四球は幸運をもたらすのだ。
監督・岡田彰布はヒットエンドランに「ヒット出んからな」と多くは語らなかった。ただ、冒頭に書いたように、一つの賭けであり、サインを出すには勇気がいる。かつてヒットエンドランを出した後は戦況を見られない監督が阪神にいた。
2日前(6月30日)、神宮で悪夢の敗戦を味わっていた。4点リードを守れず敗れた際、岡田は「大変な負けやで」と、尾を引く懸念を示していた。だから「そりゃあ大きいよ。この前、あんな変な負け方した後やったからな」と息をついた。
文豪アーネスト・ヘミングウェーの忌日だった。「勇気とは窮地における気品だ」という名言が残る。負ければ、借金を背負う「窮地」に「勇気」で手にした1勝である。その勇気には「気品」、つまり冷静な判断もあった。 =敬称略= (編集委員)
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