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カンニング竹山の事務所のお笑い部門の危機を救った芸人とは “師匠”現事務所社長のお笑い芸人が裏話披露

スポニチアネックス / 2024年7月3日 16時16分

サンミュージック社長で「ブッチャーブラザーズ」のリッキーこと岡博之

 芸能事務所のサンミュージック社長でお笑いコンビ「ブッチャーブラザーズ」のリッキー(65)が2日深夜放送のTOKYO FM「TOKYO SPEAKEASY」(月~木曜深夜1・00)に出演。お笑いタレントのカンニング竹山(53)と共に事務所のお笑い部門を救ったお笑いタレントについて語った。

 ブッチャーブラザーズはサンミュージックのお笑い芸人第1号だったが、サンミュージックがお笑いから撤退したためプロダクション人力舎へ移籍。その後独立をへてサンミュージックがお笑い部門を設立したため再度所属することになったという。

 竹山は「で、その辺で僕らも、僕らもサンミュージックちょっといたんですけど一回辞めたりしたから、もう1回ブッチャーブラザーズさんが作ったサンミュージックに戻って来て」と明かした。

 「で、戻って来て、今お話しされているように試行錯誤あって、何年目ぐらいですかねえ。5年目ぐらいですかねえ、ダンディさんが売れたの」と話せばリッキーは「5年過ぎぐらいかな」とコメント。竹山は「ダンディ坂野は本当のブッチャーブラザーズの一番弟子なんですよね」と続けた。

 リッキーは「そうそう」と同調すると、「お笑いやるに関して、いくつか選択肢があって、サンミュージックを選んで」「5年は全く売れる人がいなくても待ってほしいっていうのが一個の約束だった、会社と。で、5年たったらお笑い班お取り潰し、僕らやめますっていう」との約束を交わしていたとした。

 「で、5年たちました。で、(相方の)ぶっちゃあさんとやばいなあと。5年たったと。12月頭ぐらいからだったんで、11月ぐらいに“もう5年やで”と。“会社から言われるまで黙っておこうと”」言うことになったものの、「陰でダンディ坂野となんとか売れるようにとゲッツの練習してたみたいなね」と振り返った。

 竹山が「焦ってたのは焦ってたんですか」と尋ねると、リッキーは「もうたぶん終わるだろうなと思って」と覚悟していたと吐露。竹山は「じゃああそこで本当に一番弟子のダンディ坂野がCMがきっかけとかで売れなかったら本当にヤバかったってことですか。僕らもいないしもちろん」と語ると、リッキーは「ヤバかった」と明言した。

 だがそんな時期に坂野が日本テレビの音楽バラエティー番組「新橋ミュージックホール」に出演し「結構いい感じになってきたと」の状況に。その後もテレビ朝日の「内村プロデュース」に出演することになり、「内村(光良)くんが物凄くダンディを推してくれて、その2つでもうこれはいけると」と安心したとした。

 「そこへCMが来て。それが5年6カ月、7カ月目ぐらいだった」とリッキー。そのCMの衣装で黄色いスーツを作ってもらうと、「それまでは本当に黒とグレーぐらいしかなかった。その黄色い衣装がスポンサーさんもいいですよ、お持ちいただいてっていうので、そのままくれて。その一張羅で3、4年やってたのかな」とブームを巻き起こしたとした。

 「ただまあそのおかげで首がつながったというか、お笑い班が認められると。9対1とか、9・5対0・5の敵味方やったからね、僕ら戻ったら」と回顧。竹山は「本当ダンディさん売れるまでのサンミュージックお笑い班の会社からの差別具合は凄かったですからねえ。俺たちも凄かったっすよ」「今はみんなね、知り合いだからいいけど」としみじみと話した。

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