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阪神・岡田監督が球団最多監督勝利 早大野球部で同期・関口一行さんの言葉から浮かび上がる“真のプロ”

スポニチアネックス / 2024年7月4日 5時16分

早大時代の岡田彰布

 ◇セ・リーグ 阪神2―1広島(2024年7月3日 マツダ)

 阪神・岡田監督と早大野球部で同期だった関口一行さん(66)が球団最多の監督勝利を祝福した。今も親交が深い盟友として学生時代から変わらないリーダーの資質を明かした。

 阪神監督として歴代最多勝利に並んだ岡田監督と親交が深い人物がいる。早大野球部の同期、関口さんは、今も本音で語り合う仲。23人いた昭和55年卒でつくる同期会「55(ゴーゴー)会」の幹事を務め、毎年12月に1泊してゴルフを楽しむ。

 阪神日本一の祝福を兼ねた昨年は、同学年だけでなく、幅広い世代と野球部以外にも声をかけたことで、120人も集まった。大学が生んだ知将は、同窓生の誇りでもあった。

 若い頃も今も輪の中心にいる岡田監督を、関口さんは「弱音を吐かない男」と評する。76年の1年時の合宿。きつい練習と下仕事で「私は1度、血尿が出たほど、肉体的にも精神的にも極限状態」という日々でも、「岡田の愚痴を聞いたことがなかった。疲れた姿も見せない。周囲が自然とリーダーとして認めていった」と懐かしんだ。後に主将に就くのは当然の流れだった。

 関口さんは22年4月までの9年間、Jリーグ鹿島の取締役を務めた。ビジネスマンの視点で見た旧友のリーダー像は「忖度(そんたく)もしないし、(選手を)平等かつ適正な評価をしているように見える。世の中、そうはいかないケースもあるけれど」と映る。早大時代に見た物事の本質を見抜く切れ味、厳格さ、遊び心と包容力は、今も変わらないと感じている。

 「岡田を見ていると剣豪という言葉を連想させる。極端に言えば、阪神の監督という仕事に命を懸けている。妥協を許さない」

 真のプロフェッショナル――。盟友の言葉から、そんな姿が浮かび上がった。(倉世古 洋平)

 ◇関口 一行(せきぐち・かずゆき)1957年(昭32)10月3日生まれ、茨城県稲敷市出身の66歳。茨城・竜ケ崎一高―早大―住友金属鹿島で投手。住金鹿島では監督も務めた。

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