1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. スポーツ
  4. 野球

落合博満氏 名参謀・森繁和氏の投手コーチ就任は球界の寝業師からの遺言だった

スポニチアネックス / 2024年7月29日 17時0分

落合博満氏

 現役時代に3冠王を3度獲得し、監督としては中日を4度のリーグ優勝に導いた落合博満氏(70)が29日、自身のYouTube「落合博満のオレ流チャンネル」を更新。森繁和氏(69=本紙評論家)との思い出について語った。

 お中元で森氏の地元である千葉の長生メロンが届き「おいシゲ~、メロン届いたぞ~。ずっしり重たいわ。いい香りだ。とってもおいしいです。ありがとうございます」と感謝した。

 中日監督時代は投手コーチ、ヘッドコーチとして絶大な信頼を寄せ、投手起用を任せるほどの存在だった森氏について「最高の参謀だね」と高評価。「出会いは社会人(時代)の24歳の時かな。世界大会がイタリアであった時の全日本のメンバーで、一緒に戦った仲間ですよ」と出会った経緯を説明した。落合氏は東芝府中、森氏は住友金属でプレーしていた。

 プロ入り後の交流については「彼が西武のドラフト1位で、オレがロッテの3位で入って、別のチームなんでそんなに交流という交流はなかった」という。「たまたま西武球場でホームラン打ったらレオ人形がもらえるっていうんでね。それは自分とこのチームだけなんで、オレらはビジターで行ってホームラン打ってももらえなくてね。で、森繁に“おまえ、あのレオ人形1個くれよ。1個くれたらおまえからホームラン打たねえから”っていうようなことで1個レオ人形をもらったっていう程度かな」と振り返った。

 スタッフから「ホームランは打たなかったんですか?」と聞かれると「打ったみたいよ。打った記憶がないんだけど、打ってるみたい」と笑った。

 森氏の投手コーチ就任は、落合氏が現役引退後にキャンプ地巡りをしていた時の言葉がきっかけだった。「ダイエーホークスのキャンプに行った時に根本(陸夫)さんが“うちの練習なんか見てないで、こっち来て一緒に話しよう”って5時間ばかり話している時に“万が一、おまえが監督になる時があったら森繁和をピッチングコーチで使ってみろ。俺がちゃんと教育してあるから絶対おまえの役に立つはずだ”っていうようなことを言ってから(1999年に)亡くなっちゃった」と球界の寝業師と言われた根本さんとの約束があったことを明かした。

 そして古巣である中日の監督就任が実現。落合氏は「監督の話がきて、(森氏が)横浜(現DeNA)で来季は契約しないというのが新聞に載って、それで彼に電話を入れて8年間ピッチングコーチ、ヘッドコーチとして一緒に野球をやった」と説明した。

 投手起用を森氏に任せたことについては「ピッチャーのことわからないから。そのためにコーチを置いてあるわけだから。だから一切口出しはしない」と説明。「監督ってのは何でもかんでも自分がしゃしゃり出ていって、いろんなところに口出ししていくと大概失敗するもの。担当コーチにみんな責任持たせてやらせてたけどね」と監督としてのポリシーを口にした。コーチに任せる一方で責任感も持たせており「その代わり責任を取ってもらう。できなければ辞めてもらう」と厳しさものぞかせた。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください