【内田雅也の追球】「全力」こそ感動を呼ぶ 岡田監督を泣かせる「明日なき戦い」を
スポニチアネックス / 2024年8月18日 8時3分
◇セ・リーグ 阪神5ー5中日(2024年8月17日 バンテリンD)
阪神が引き分けに終わった後、しばらく、高校野球のテレビ中継に見入っていた。大社―早稲田実。素晴らしい試合だった。感動した。
敗れた早実の監督・和泉実が一塁側通路に立ち、グラウンドを去る大社の選手たちに声をかけていた。好試合をしてくれた相手への感謝と慰労があった。泣いていた。
<全力を尽くして敗れると、脳は喜ぶ性質がある>と脳科学者・茂木健一郎が『緊張を味方につける脳科学』(河出新書)に書いている。
和泉は報道陣に言ったそうだ。「60歳を過ぎてこんな経験ができるとは想わなかった」。45歳で斎藤佑樹を擁して全国優勝を果たした。決勝再試合の感動は相当だったろう。62歳となり、再び感動に震えていた。
「知の巨人」と呼ばれた評論家・渡部昇一は60歳を越えて初めて藤沢周平の名作『蝉しぐれ』を読み、涙したという。年齢がいってこそわかる、感じる思いというのがある。それは61歳となったいま、分かる気がする。
さて、阪神である。監督・岡田彰布は66歳。阪神監督としては野村克也と並び最高齢である。
60歳を迎えた秋、還暦祝いでマスコミ関係者が神戸のしゃれた店に招いた。当時評論家。「これからは友だちよ」とやわらかな顔で話していた。
今はどうだろう。日々苦虫をかみつぶした顔でいる。戦績が思わしくないからなのだが、試合後の談話もぼやき、嘆くことばかりである。
この日もそうだった。2点リードの9回裏、クローザー・岩崎優で逃げ切れなかった。2死満塁からの三遊間ゴロを木浪聖也はよく捕った。内野安打だが、二塁走者の本塁生還を許した。木浪が苦しい体勢から送球した佐藤輝明はまさかの本塁突入だったのだろう。
延長ではともにしのぎあっての引き分けだった。先に書いた高校野球も延長では早実の「5人内野」や大社のブルドッグでしのぎあいだった。同じ試合展開だったが、阪神は勝ちきれない、と欲求不満が残った。
負ければ終わりの高校野球と比べるのはアンフェアだろう。だが、プロも高校生のように明日なき戦いはできるはずだ。
そして岡田は本当は感動家、感激屋なのを知っている。監督を泣かせる試合もできる。なぜなら、敗れても全力を尽くせば脳は喜ぶ。全力の問題である。 =敬称略=
(編集委員)
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