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三笘薫 筑波大時代は「余裕なかった」 17年天皇杯J1撃破の舞台裏明かす「久々のスタメンだった」

スポニチアネックス / 2024年8月20日 6時47分

ブライトンの三笘薫

 世界最高峰のサッカープロリーグ「プレミアリーグ(イングランド1部)」ブライトン所属の日本代表MF三笘薫(27)が、16日から配信されたABEMAの特別番組「MITOMA 39 Questions -Presented by ブルーロック Project: World Champion-」に出演。筑波大時代の2017年天皇杯2回戦を振り返り、自身の2得点でJ1仙台を撃破した“ジャイアントキリング”の裏側を明かした。

 番組では元北朝鮮代表で、川崎Fや清水などでプレーした鄭大世氏との対談が実現。鄭大世氏が「僕は大学で4年間を過ごしてプロになって、ある程度川崎Fで活躍した時はもう26歳でした。例えば長友選手は大学在学中にプロに入り。そういう選択肢は無かった?」と質問すると、三笘は「他のチームに練習参加する機会はあったんですけど、大学2・3年生の時はまだ完成しきってなくて、まだプロに行くのも早いと思ってました。そこの判断はしっかり考えながらやってました」と返答。

 続けて鄭大世氏が「(三笘選手といえば)大学生の時の天皇杯でセンセーショナルな活躍というのが多くの人の目に焼き付いていると思うんですが、あそこまで活躍できたのはあの時が初めて?」と質問。17年の第97回天皇杯2回戦、三笘の2得点によって筑波大がJ1仙台を3―2と撃破した“ジャイアントキリング”について聞いた。

 すると三笘は「初めてですね。(練習試合とかも)全然ですし、僕その時スタメン争いしていて、仙台戦前の3~4試合はベンチだった。それで久々にスタメンに抜てきされた試合でした。そんな余裕もないけど、たまたま活躍できた。周りからは常に活躍しているような印象を持たれるんですけど僕はそんなことはなくて、毎日一生懸命スタメン争いしていていっぱいいっぱいだった。本当に余裕はなかった」と明かすと、鄭大世氏も驚きの声を上げた。

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