【内田雅也の追球】失敗に立ち向かえ
スポニチアネックス / 2024年9月5日 8時1分
◇セ・リーグ 阪神9―4中日(2024年9月4日 甲子園)
失敗にどう立ち向かうのか。阪神・佐藤輝明の一打には心がこもっている気がした。
1回裏、同点としてなお無死二、三塁。左腕・小笠原慎之介に追い込まれてからの内角直球をバットを折りながら二遊間をゴロで抜いた。中前勝ち越し打となった。
直前の守備でミスをしていた。1回表無死一塁、三塁線寄りのゴロだった。二塁悪送球でピンチを広げた。送球が正確なら併殺だったろう。
1日の巨人戦でも敗戦につながる守備のミスがあった。リーグ最多の失策は22個を数える。
先発・村上頌樹は2死二、三塁から中前打を浴びて2点を失った。
直後、佐藤輝は一人でマウンドに駆け寄り、村上に何事か話していた。自身のミスをわびていたのか。「打って取り返す」と伝えたのか。試合中の広報コメントに「ミスを取り返すという気持ちでした」とある。
試合後、監督・岡田彰布は「エラーの後のタイムリー初めてやろ」と言った。「便乗できたということやろ。点が入らず2死一、二塁で回ってきていたら分からんよ」。先頭から6連打の5本目で、押せ押せムードだった。素っ気なく話した岡田も「カバー、大きいけどな」と、失敗を取り返した強い心をたたえた。
野球は「失敗のスポーツ」である。だから人生に似ている。もう幾度も書いてきたことだ。
ベストセラーとなった『マネー・ボール』の著者、作家マイケル・ルイスが編集者に「何でも好きなものを」と提案を受け、書いたのが『コーチ』である。高校時代の野球部コーチ(日本でいう監督)のことだ。
カネや数字が物を言う大リーグ事情を描いたルイスは「肝心なこと」を書きたかった。「一人前になるとは、逆境に置かれたとき、逃げ出したくなる本能と闘うことだ」と教わっていた。<人生に真っ正面からのぞんだとき必ずぶつかる、二つの大きな敵――不安と失敗――にどう立ち向かうかだ>と学んでいた。
佐藤輝も立ち向かっていた。そして野球の神様は見ていた。8回表無死一塁、同じような三塁線ゴロが転がった。逆シングルでさばき、今度は併殺を完成させた。
首位に3・5差より、失敗を取り返せた夜だ。村上に勝ち星もついた。この勝利を忘れてはならない。この経験を生かすのである。 =敬称略= (編集委員)
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