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山本“KID”徳郁さんの教え胸に、早大出身初の世界王者に!岩田「歴史に名を刻みたかった」

スポニチアネックス / 2024年10月14日 4時21分

<8大タイトル戦>王座を奪取した岩田(撮影・島崎忠彦)

 ◇プロボクシングWBO世界ライトフライ級王座決定戦 同級1位 岩田翔吉(帝拳) 3回3分0秒TKO 同級2位 ハイロ・ノリエガ(スペイン)(2024年10月13日 東京・有明アリーナ)

 岩田が3回TKO勝ちし、2度目の挑戦で悲願の世界王者となった。名門・帝拳ジムからは2年4カ月ぶり、12人目の日本人世界王者となった。

 2年前の悪夢を振り払った。3回はノリエガのスピードに押されたが、それこそが岩田の狙いだった。「(相手が)前傾姿勢になっていたのでアッパーが当たると思った」。アッパーからの連打でダウンを奪い、終了ゴングと同時の右ボディー―左フックで倒してレフェリーストップ。「2年間練習してきたことが出せた。勝てなければ最後のつもりでリングに上がった」と顔をほころばせた。

 22年11月の世界初挑戦はWBO王者ジョナサン・ゴンサレス(プエルトリコ)に判定負け。試合中にスタイルを変える王者に動揺し、自慢の強打を空転させられた。その後は元2階級制覇王者の粟生隆寛トレーナーに厳しく指摘され、駆け引きや試合運びを改善。スタミナ面の課題も克服し、「できないことがやれるようになった」とレベルアップを実感していた。

 95年度生まれの一人。高3で高校総体を制しながらプロ入りせず、「自分の人生がある」と早大で心理学やスポーツビジネスを学んだ。早大出身選手4人目の挑戦で初の世界王者になり、回り道ではないと証明。「自分が勝って歴史に名を刻みたかった」と胸を張った。

 小学生の頃に総合格闘技を指導され「戦いを楽しむこと」を教わった故山本“KID”徳郁さんの墓参を予定している。9月の七回忌に参列できなかった分、世界のベルトを手に成長を報告する。 (中出 健太郎)

 ▽岩田―ノリエガVTR 岩田が豪快にTKO勝ちを収めた。大振りで出てくる相手に対し、ジャブ、ボディーを打ち込んだ。3回に右アッパーで最初のダウンを奪取。フットワークの鈍った相手を追い詰め、ラウンド終了間際に右ボディーから左フックにつなげて再び倒すと、レフェリーが試合を止めた。ノリエガは打ち合いの中で隙を見せ、決定打を打ち込まれた。

 ▼粟生隆寛トレーナー(元2階級制覇王者が初めて世界王者を育成)凄く不思議な気持ち。厳しいことは言ってきたけど(岩田が)できると思って言っていた部分もある。これからも強い相手とやると思うので厳しく言うかもしれないけど、一緒に頑張りたい。

 ▼ハイロ・ノリエガ 試合はイーブンに進んでいたが私がミスをしてラッキーなパンチをもらった。ミスは右のガードが下がったこと。倒されて熱くなった。その代償は大きかった。

《リング上で宣戦布告》 岩田は前日12日に同級のIBF王者となった矢吹正道(LUSH緑)に「因縁があるので戦いたい」とリング上で“宣戦布告”した。岩田の日本王者時代に矢吹が「(対戦から)逃げたみたいなことをSNSで言っていた」と明かし、「ライトフライ級で盛り上がる、ファンが見たいカードと思う」と付け加えた。矢吹はフライ級に上げる意向を示しているが、「自分も高1から同じ階級なので楽ではないが、実現できたら」と“決着”に意欲を見せた。

 ◇岩田 翔吉(いわた・しょうきち)1996年(平8)2月2日生まれ、東京都渋谷区出身の28歳。9歳で山本“KID”徳郁氏のジム「KILLER BEE」入門。中2でボクシングに専念し、日出高3年で高校総体制覇などアマ71戦59勝(16KO・RSC)12敗。帝拳ジムに入門し、18年12月に米国でプロデビュー。21年11月に日本ライトフライ級王座、22年7月に東洋太平洋とWBOアジア・パシフィック王座も獲得。同年11月の世界初挑戦でWBO世界同級王座に挑戦も失敗した。1メートル63、リーチ1メートル62の右ボクサーファイター。

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