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槙原寛己氏「嘘つかれてんのか、誤報なのか」 今では考えられないドラフト当日 偶然通った教師に…

スポニチアネックス / 2024年10月27日 17時52分

槙原寛己氏

 元巨人投手で野球評論家の槙原寛己氏(61)が27日、TBSラジオ「SPORTS BULL presents 石橋貴明のGATE7」(日曜前7・00)にゲスト出演。1981年に巨人からドラフト1位指名された当時について語った。

 芸能界屈指の野球通で知られるお笑いコンビ「とんねるず」の石橋貴明(63)がパーソナリティーを務める同番組。この日のテーマは「どうなる!?日本シリーズ!!」だったが、収録は開幕2日前だった24日のドラフト会議当日で、石橋がまずは槙原氏にドラフトの思い出話を振った。

 大府(愛知)から1981年ドラフト1位で巨人入りした槙原氏。今では1位候補の選手のもとには大勢の報道陣が駆け付け、テレビで生中継されるのが当たり前の光景となっているが、40年以上前の当時はそんなこともなく、会議も午前中にスタート。槙原氏も通常通り、高校の授業を受けていたという。

 そして、3時間目が終わった時のことだった。廊下を歩いていると、たまたま通りかかった教師の一人から「ドラフト1位だよ。巨人だよ」と唐突な声かけ。槙原氏は「え?と思ったらもうチャイムが鳴っちゃって。4時間目…何も覚えてないです」と今では考えられない“あっさり通達”を明かして石橋を笑わせた。

 「嘘つかれてんのか、誤報なのか、なんなのか分かんないし」。現在のように携帯電話もネットもない時代。確認するすべもなく「マスコミが駆け付けてるかっていったらそうでもないわけですよ」と巨人からの1位指名が本当かどうかも分からないまま午前中の授業を終えたという。

 そもそも何時からドラフト会議が開始されるのかすら知らずに授業に入っていたため“通告”前の3時間目はドキドキすることすらなかった槙原氏。

 ドラフト前には自宅に「12球団全部来ましたもん。12球団が2往復しましたよ、ヤクルトだけ3回来たんで25回」と争奪戦の裏側も明かした。

 愛知県出身だが、第一希望は当初から巨人だったそうで、その理由は「東京に行きたかった。東京に憧れる人間だった。名古屋は近すぎるし、東京がいい」「(巨人以外では)ヤクルトか横浜か。在京セ・リーグ」と少々ミーハーな少年だったことも明かしていた。

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