会社を辞めて審判になった異色の人生 甲子園決勝もジャッジした「みんな大好き山口さん」の生きる道
スポニチアネックス / 2024年11月21日 14時32分
【東京六大学野球 次の100年へ】「学生野球の父」の飛田穂洲、「ミスタープロ野球」の長嶋茂雄、昨年には阪神を日本一に導いた岡田彰布も、1925年(大14)に始まった東京六大学野球を彩った。今年で創設から100年目を迎えた日本最古の大学野球リーグを支える人々を紹介するインタビュー連載「東京六大学野球 次の100年へ」の第8回はジャッジでゲームを支える山口智久審判員(52)。高校野球では甲子園決勝の球審を担当し、試合中に声で選手を激励するスタイルがネットで人気を博している「みんな大好き山口さん」が歩んできた道のりに迫る。(聞き手 アマチュア野球担当キャップ・柳内 遼平)
――100年目を迎えた東京六大学野球リーグの秋は早大が2季連続優勝を果たしました。リーグを支えてきた山口さんは最近、グラウンドに立っていませんが何かあったんでしょうか。
「実は昨年の11月に左足のかかとを骨折しまして。なかなか治りづらいところでもありますし、不十分な状態ではグラウンドに立ちたくないという思いもあります。やっぱりベストな状態で立たないと選手にも失礼。100%の状態に戻ったときにもう1度このグラウンドに立ちたいと思っています。まだ痛みがあるので最善のリハビリをしながら、早めの復帰を目指したいですね。また裏方でも皆さんを支えていかないといけないという葛藤もあります。でもやっぱりグラウンドに立つ現役はいいですよね」
――私も少しだけ審判員で飯を食っていたのでそのお気持ちよく分かります(笑い)。東京六大学野球は野球部OBが審判員を担当されていますよね。明大野球部OBの山口さんはどんな経緯で審判員生活をスタートされたのでしょうか。
「明大を卒業後、プリンスホテルに入社しました。会社員7年目を迎えたときに善波達也さん(08年~19年明大監督)から東京六大学野球の審判事情をお聞きする機会がありました。またその後、明大OB審判員の先輩方々からも色々とお話しを聞いて、審判員について考えるようになりました。ただプリンスホテルはサービス業なのでなかなか土日のリーグ戦に行くことが難しい。社会人野球のプリンスホテル野球部がなくなった後だったので、その状況で野球のために職場を離れることも難しかった。またあのときは結婚して間がなくて、子どもがまだ0歳だったので悩みに悩みました…。結局会社を辞めて転職をして、審判員になるために1年くらいかかりましたね。
――人生の中で凄く大きな決断ですね。ご家族の理解を得るのも大変だったでしょう。
「そうですね。本当に家族のおかげですね。明大野球部に恩返しがしたい、また野球に携わりたいという気持ちがありました。プリンスホテルに入社できましたのも、明大野球部OBの方々に就職の面倒をみていただいたからです。当時、東京六大学野球の審判員には各大学で人数制限があり、当時は(明大OBから)3人までしか審判員になれない状況でした。お誘いがあること自体がとても光栄なこと。野球の神様が少し人生に試練を与えてくれたのかなと思いました。30歳から東京六大学野球の審判員としてスタートを切りました」
――審判員としてはゼロからのスタート。現在はアマチュア球界屈指の名審判として知られていますが、当初はどうだったのでしょうか。
「プレーヤーのときは規則を理解していなかったので、まずは規則書を読むところから。ルールの理解から始まって当時は講習会があまりなかったので、とにかく先輩審判員の背中を見て勉強する時代。今はインターネットやマニュアル本、ユーチューブなど審判員の情報がデジタルになり本当にありがたいですね。試合ではまず塁審からスタートして3年間は球審ができなかった。ジャッジする機会が少ない三塁で公式戦デビューしました」
――初めて球審した日は覚えていますか。
「東大―慶大の試合でしたね。めちゃくちゃ緊張しましたし、球審ができる!という喜び、やりがいを感じました。もちろんですが、初戦は上手くいかなかった。ボークを適用しないといけない投球動作があったのですが、宣告できなかった。そこで準備の大切さを学びました。プレーを想定してサプライズがないように準備していく。いまでも一番大事だと思っています。それを球審の初戦で学ぶことができた。審判員を始めて10年目くらいになると「自分はできると」天狗になりかける時期もあり、基本の型から逸脱することがあります。何年目になっても初心を忘れない、色々な方々の注意を素直に聴き、向上心を持ち続けられるかだと日々痛感しています」
――山口さんは高校野球、社会人野球の審判員としても活躍されていますよね。
「大学野球も人気がありますが、高校野球、甲子園大会はメディアの注目度が高く責任重大です。昨夏は甲子園決勝で仙台育英―慶応の球審をしました。本当に栄誉なこと。慶応の大応援団には鳥肌が立ちました。緊張の中で始まった試合が途中からは心地良くなった。慶応の応援は六大学でも耳にしていますし、仙台育英は甲子園常連でいつも聞く応援。選手もお客さんも“この試合を楽しんでいるんだ”と野球の魅力を感じた試合でした。社会人野球では2019年にJFE東日本が優勝した都市対抗決勝で球審を担当しました。企業グループあげての超満員のスタンドや両チーム大応援の迫力は、言葉では言い表せないほど記憶に残っています。やはりアマチュア野球最高峰の都市対抗野球は、大変魅力ある大会です」
――凄い実績ですね…大舞台で力を発揮するために必要なことは何でしょうか。
「選手を盛り上げるじゃないですけど、普段どおり全力プレーをしてもらえるようなゲーム進行、声かけを心がけていますね。特に学生野球ではそういったことが大事かなと思っています。お客さんには、試合後“この試合良かったね”と思っていただけるような試合になれば嬉しい限りです」
――山口さんといえば、試合中のイニング間に大きな声でベンチから守備に出てくる選手たちに声かけすることで有名です。ネットでは「みんな大好き山口さん」としても知られていますね。いつから選手への声かけを重要視するようになったのでしょうか。
「新型コロナウイルスが大流行したときに応援、吹奏楽による演奏ができなくなりました。やっぱり選手って応援がないと少しモチベーションが下がってしまう。特に点差が開いたときには。選手のモチベーションを上げるためにどうしたらいいかなと考えたとき、じゃあ審判員も公平に両チームに声をかけて盛り上げていこうじゃないかって思ったんです。最初は選手の反応も薄かったんですけど、ずっと続けていると選手も乗ってきて、求めてはいなんですけど返事も返ってくるようになってきた。審判員はグラウンドマネジャーでありたいと思っています。グラウンドティーチャーでは少し目線が高いので、グラウンドマネジャーが的確かなと。選手と同じ目線で試合をつくっていきたいです」
――グラウンドマネジャー…。まさに山口さんのアンパイアスタイルを象徴する言葉ですね。今後の復帰を楽しみにしております。本日はありがとうございました。
「ありがとうございました。常に正確なジャッジを心掛けて判定しなければならない苦しさはありますが、これからも1試合ずつキャリアを積んでいきたいと思います」
◇山口 智久(やまぐち・ともひさ)1972年2月4日生まれ、埼玉県さいたま市出身の52歳。小3から野球を始め、上大久保中では軟式野球部に所属。大宮南では外野手としてプレーし、明大では3年まで選手、4年から新人監督(現学生コーチ)を務める。卒業後はプリンスホテルに入社し7年間勤務。東京六大学野球リーグの審判員となるために(株)向隆に転職し、その後は高校、大学、社会人野球の審判員として活躍。好きな食べ物は甲子園カレー。尊敬する人は明大OBでアマチュア野球の名物審判員として17年に野球殿堂入りした郷司裕氏。
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