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団長安田が涙 震災で失った親友の思い胸に芸人に「やりたいことはその時にやらな。それが芸人やった」

スポニチアネックス / 2025年1月7日 22時47分

安田大サーカス・団長安田

 お笑いトリオ「安田大サーカス」の団長安田(50)が、7日放送の日本テレビ系「ザ!世界仰天ニュース 新春4時間SP」(後7・00)に出演し、阪神・淡路大震災で失った親友への思いを明かした。

 1995年1月17日の未明に起きた、マグニチュード7・3の大地震。当時、兵庫県西宮市に住んでいた安田も実家で被災した。当時20歳で、15日には成人式で友人たちと飲み明かし、震災前日の16日は夕方まで寝ていたという。

 飲み会の席では、親友の山口恵介さんと一緒だった。安田のユーモアのセンスを買い、「お前さ、マジでお笑い芸人になった方がええって」と応援してくれる理解者だったという。

 そして翌日、震災が起きた。安田の家は、最も揺れが大きかった地域にあった。家族は無事だったが、電話が通じず、近くに住む祖母の安否を確認するため移動。普段は車で20分ほどだが、この日は1時間ほどかかったという。「信号も止まっているでしょう?木造の家も壊れている。火がわーっと出ている。この世の終わりやみたいな感じに思えましたね」。さらに道中には、恵介さんがよく泊まっていたという親戚のマンションがあり、倒壊しているのが見えたが、この日はいないと信じて祖母の家に向かった。

 祖母は無事だったが、もう一つの悪い予感は的中。恵介さんは親戚の家で生き埋めになった。安田は友人とマンション前に駆けつけて連日、無事を祈って叫び続けた。安田ががれきの中で呆然と立ち尽くす様子が、当時の新聞にも掲載された。

 「恵介は大丈夫やって、みんなで言い聞かせて、最後まで頑張ろうってあそこで待っていました。気持ちのどこかであかんかもと思っていたかもしれない。でもそういうのは口にしなかった」

 恵介さんと無言の再会をしたのは、4日後だった。以来、震災を伝えるニュースや番組などからは目を背けてきたという。「今までちゃんと見たことがなくて、見られてないし、こういう番組があってもチャンネルを変えていたんですけど、思い返しちゃって」と、涙ながらに思い返していた。

 「恵介が死んでいる姿を見て、これよりつらいことはないやろと。ホンマに人間っていつ死ぬか分からんから、やりたいことはその時にやらなあかん。それが芸人やった」。恵介さんの生前の言葉に背中を押されるように、安田は芸人を目指すことを決めたことを明かした。

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