濱田祐太郎(1)R-1王者になっても消えなかった不安「盲目の僕はテレビに排除されるのでは?」
スポニチアネックス / 2025年2月4日 20時25分
孤高、という表現がぴったりか。盲目というハンデを負ったお笑い芸人・濱田祐太郎(35)。2018年に「R-1ぐらんぷり」(当時の表記)を獲った王者はこちらが「笑ってもいいのか?」という心理的壁を壊す見事な話芸を誇る。小気味よい毒舌に笑いを誘われつつも、時折突き刺さる芯を突いた言葉。7日に行う初のトークライブ「濱田祐太郎のモウドク」を前に、目のこと、芸人活動のこと、これからやりたいこと、様々なことを語った。(取材・構成 江良 真)
【濱田祐太郎インタビュー(1)】
◆◆僕のライブを盛り上げるため燃えているフジテレビ◆◆
―前回の単独ライブは4年前なんですね。
濱田祐太郎「前回は単独ライブなので、いっぱいネタやるぞって感じでした。今回はトークライブなのでネタっぽくないこともしゃべろうかなと思ってるんです」
―ある程度、話す内容は決められていらっしゃるんですか?
「最近時事ネタとかがすごい好きなんで、そういう世の中で起こっていることをネタにしてみようとは思っています。あとは、劇場では5分とかなんで短くてしゃべれないような内容の話とか、身の回りで起こったこととかを中心ですね」
―今は時事ネタはめちゃありますしね(笑い)。
「確かに。ぼくのトークライブを盛り上げるかのように、フジテレビが今、燃えてくれてますね(笑い)」
―もうすぐR-1が始まります。やはり元王者として思うところはありますか?
「去年も今年も準決勝のMCをやったんです。やっぱ懐かしいっていうのはありますね。孫の運動会に来たおじいちゃんみたいな感じの。おれもこんな感じの時期あったのーみたいな、そんな気分でした」
―今年は同期で一昨年王者の田津原理音さんが出場されます。濱田さんはプレーヤーとして出場してみようかという思いはない?
「R-1はちょっと前までは本当に自由なネタの大会だったと思うんですけど、ネタの構成が評価される大会になってきたんです。そうなると、ちょっと僕の漫談のスタイルでは獲りにくいなって思ってて。実際あったことをネタとしてしゃべってるから、いわゆる伏線回収だとか、後半に向けてたたみかけるみたいな感じではないんですよね。世の中、そんなに面白い出来事は起こらない。わぁ、後半たたみかけてきたなー、みたいなことは起こらないですから(笑い)」
―しっかり考え抜かれたネタが有利ということですね。
「そういう意味ではウエストランドの井口さんに注目しています。準決勝で何をしゃべるのか?」(結局、井口は準決勝で敗退)
―確かに濱田さんは系統で言えば井口さんとかに近いですよね。
「あと、僕は爆笑問題さんがすごい好きですね。ナイツさんとか。このニュース、こういう角度でネタにしはんねやみたいなのはすごい感動的な時もあります。Xで言うと、デイブ・スペクターさん。デイブさんの単文投稿サイトは芸術的!とまで思っているんですが、しゃべったらイマイチなんですよね」
◆◆芸人を志したのは2001年11月5日◆◆
―(笑い)濱田さんはそもそも、芸人になろうと思った動機は何だったのでしょう?
「まあ、野球好きの子供がプロ野球選手になりたいとか、アニメ好きの子が声優になりたいとかって思うのと同じ感じです。テレビでコントや漫才に夢中になって、好きやったから自分もやりたいと思いました。最初は忘れもしない小学校6年の11月5日です」
―そんな正確な年月日まで…(笑い)
「はっきり覚えてますね。テレビ大阪で“きよし&なるみのめっちゃ!漫才”という特番で、出演していたハリガネロックさんとビッキーズさんがすごく面白かったんです。漫才って何やこれ?めっちゃすごいやんってなって、その1ヶ月後に第1回のM-1グランプリが開催されて、決勝にハリガネロックさんが残ってたんで、もうハリガネロック絶対優勝やんって思って見てたら、決勝で中川家さんがハリガネロックさんを倒して優勝するっていう。そこでまた、もっと面白い人たちたくさんいるんやって感動したのがきっかけです」
―その頃は目の方はどんな感じだったんですか?
「右目は少し見えてテレビゲームはなんとか自力でできるくらいでした。ただ人の顔はなんとなくという程度の視力しかなかったですね」
―テレビは見れても、顔はあんまりよくわからない感じ?
「緑内障なんで、見え方を表現するときによく言うのが、曇りガラス越しに物を見てるみたいな感じですね。それも右目だけで。今はもう見えなくて明るいか暗いかが分かる程度ですね」
―なるほど。
「小学校の頃は身の回りのややこしいこととかは基本親がやってくれるので、あんまり自分の中でも目が悪いとか、緑内障っていう認識は強くはなかったです。視野が狭いとか言われても、別に自分以外の人の視野を知ることなんてないですから(笑い)」
―自身のハンデは芸人になる決断に影響は与えなかったですか?
「特になかったです。どうなるかわからんけどやってみよう、でしたね。とりあえず入って、ぼくが面白かったらご飯食べれるぐらいの稼ぎにはなるやろうと思ってました」
―で、NSCに入られる?
「22の時です。15歳から6年間盲学校にいたんですけど、21歳っていうのが自分の中で中途半端と思って。あと1年経てば、いわゆる大卒の人たちと同じ年代になる。実家は兵庫県だったんですけど、吉本行くとなったら大阪やから、大阪に住むことに慣れたかったので、1年間はマッサージ屋さんのバイトをしながら暮らしていました」
―ご両親はその決断に何かおっしゃってるんですか?
「別に特に強く反対も強く賛成もなく、やりたいことやったら、やってみたらっていう感じです。まあハンデがあるので心配は多分してたんでしょうけど、深刻になるような感じの心配の仕方ではなかった」
―入られてから苦労されたこととかはありました?
「僕がデビューするまではバラエティとかお笑い番組に目が見えない人は全くと言っていいほど出てないから、どうなのかなっていうのは思ってましたね。それはR-1の決勝に残ってもありました。自分の知っている限りバラエティー番組にそういう人は出てない。意図的にテレビがそういう人たちを排除してるんじゃないかっていう疑念もあって、いくら頑張ってもテレビには出られへんのでは?みたいな不安はずっとありました」
―ただ、やはりぼくらとしたら障害者のことを笑ったりしたらいけないんじゃないか?みたいなところがあったんですけど、これだけ笑かしてくれるんだっていうのが、すごく印象的でした。
「いやもう、史上最高の大会でしたね。令和ロマンのM-1連覇と同列ぐらい?ちょっとぼくの方が上かな(笑い)」
◇濱田祐太郎(はまだ・ゆうたろう)1989年(平元)9月8日生まれ。兵庫県神戸市出身の35歳。先天性緑内障のため生まれつき左目が見えず、現在は右目も明るさがわかる程度。18年にR-1王者となり、ハンデある身で初めてお笑い主要賞レースを制した芸人となった。兵庫県立視覚特別支援学校出身で、マッサージ師とはり師2つの国家資格を持つ数少ない芸人。
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