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【J2札幌岩政大樹新監督の素顔(2)】将来の夢は教員だった…両親から受けた大きな影響

スポニチアネックス / 2025年2月5日 8時47分

J2札幌の岩政監督

 中学に入っても学年は11人で、全校生徒も約30人だった。山口県の周防大島で育った思春期について、コンサドーレ札幌を今季から指揮する岩政大樹監督は「僕が人生の中で一番忙しかった」と振り返る。

 「生徒会長をやることになり、男子は全員陸上部と決まっていたので、そこで主将もやった。中学にサッカーチームがなく、やりたければ家族ごと島外に引っ越すしかなかったけど、サッカー選手になるつもりはなかったので島に残った」

 そんな時だった。才能ある子供たちが、競技を断念していく姿を危惧した小学校時代の指導者が新たにチームを創設した。「それでサッカーを続け、主将もやり、そこに受験勉強も入ってきた」と偶然のタイミングが重なった。サッカーは中学までと考えていたが、強豪校からのスカウトが転機となった。

 「僕が3年時に中体連を優勝したチームと最後に戦うことになり、そこが引退試合だと思っていた。そしたら相手チームを見に来た多々良学園(現高川学園)のスカウトに僕が引っかかり、多々良からの特待ならサッカーをやりたいと思うようになった。でもサッカー選手になるつもりはないので、教員になりたいのならと浮上してきたのが岩国高校」

 岩国高はサッカーも強い進学校だったが、あくまでも将来の夢は教員。それには教師だった両親の影響が強い。「2人が毎日、食卓で教育に対する考え方をぶつけ合っていた。あの田舎で、凄く当たり前のことを疑う人だった。でも、やるべきことはやる。父は“要領よくやったらできる”って、周囲が午後7時まで残っていても“俺は関係ない”って午後5時に帰ってくる。でも母親は真逆で、ずっとバトルしていた」と、そんな日常の光景を懐かしそうに思い返す。

 正反対の両親は、お互いが自分がやりたいことを貫いた。「それは監督としても、選手としても凄く大事なこと。やるべきことをやるだけだとつまらない。当たり前を一度疑って、それが本当に必要なのかを考え直すことは、2人の影響が強いと思う」。これが理論派・岩政監督のルーツだ。(青木 一平)

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