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【内田雅也の追球】涙雨と悠久の時

スポニチアネックス / 2025年2月6日 8時1分

1994年、ジョージア州コクランにあるミドルジョージア大学でフランスチームの指導をしながら阪神・中村監督にエールを送った吉田義男さん(右)

 今年の沖縄は寒く、冷たい雨がよく降る。吉田義男さんが亡くなった今月3日も阪神キャンプ地・宜野座では早朝から降っていた。そうか、あれは涙雨だったのだ。

 水が蒸発して、雲となり、雨となって地上に戻ってくるには、相当な年月がかかるらしい。

 宇宙物理学者、理学博士の佐治晴夫氏の著書『宇宙の風に聴く』(カタツムリ社)にある。<いま降っている雨の中には、およそ80年前に泣いた人の涙が含まれていると言います。だから、空から降ってくるしずくには、いろんな人の歴史が入っているのです>。

 80年か。今年は戦後80年だ。あの涙雨には、あの戦争で流れた大量の涙が含まれているのだ。

 戦時、小学生だった吉田さんは母方の実家、京都府本梅村(現亀岡市)に疎開していた。戦後、旧制京都二商から学制改革で山城高に編入となった1949(昭和24)年4月には結核を患っていた父を、9月には母を相次いで亡くした。苦しい生活の日々だった。戦中戦後、吉田さんが流した涙が降っていた。

 「時は流れていきますからね」と吉田さんから聞いた話を思いだした。1994年7月末、米国ジョージア州コックランで合宿中だったフランス代表チームを訪ねた。当時、阪神は低迷し、「吉田監督復帰」の一部報道もあったころだ。

 「私はもう過去の人ですよ」と真っ向否定した。「私という存在など小さなものです。長いタイガースの歴史から見ればほんの一コマでしかありません」

 後に岡田彰布さんも使う「歴史の一コマ」という言葉は吉田さんの人生観を映している。「牛若丸」の現役当時から禅寺で修行を積み、どこか達観したところがあった。

 五木寛之氏のベストセラー『大河の一滴』(幻冬舎文庫)にある。<空から降った雨水は樹々(きぎ)の葉に注ぎ、一滴の露は森の湿った地面に落ちて吸いこまれる。そして地下の水脈は地上に出て小さな流れをつくる。やがて渓流は川となり、平野を抜けて大河に合流する。大河の水の一滴が私たちの命だ>。

 悠久の時の流れを思う。ならば、今回の悲報に多くの人びとが流した今日の涙も、いつか雨となり、この地上に帰ってくる。タイガース90周年。歴史と伝統を思う年、一コマと一滴の教訓を残して、吉田さんは旅立った。 (編集委員)

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