17年前のパリの一人旅「とりあえずここで頑張ろう」
TABIZINE / 2023年10月8日 20時0分
TABIZINE10周年を記念して、ライターそれぞれが自由に綴る旅エッセイ。第8回目は、フランス・パリ在住の北川菜々子さん。「今回TABIZINEの10周年企画で、どの旅のことを書こうか……色々考えました。今でこそ年に何回も旅に出ますが、根っから旅行好きという訳ではありません。どちらかというと家にいるのが好き。そんな私が一人で、それも海外に出たのが、大学4年生の冬でした。正確に言うと旅ではなくフランスに留学。それも一度も訪れたことがなかったフランスへ。その時のパリの一人旅が、改めて今振り返ってみると、私の中で一番印象に残っている旅なのです。なんてことのない旅ですが、17年前のパリの旅行の記憶を解きながら、今回のコラムを綴らせていただきます」
空港からパリへ
不安というよりも、新しい世界が見れることに期待を膨らませて、降り立ったフランス。飛行機を降りた後特有の浮遊した感覚に襲われながら空港からタクシーに乗り、パリに向かいました。本当にフランスにいるのだろうか? 自分がどこにいるのかよくわからないまま、パリのどんよりとした曇り空に包まれた景色をぼんやりと眺めていました。
しかし、パリ市内に入り、セーヌ川の橋を渡ると、郊外とは比べ物にならないぐらい美しい街、映画で見た世界が目の前に広がっていました。これがパリなのか……。今私はパリにいる! という現実をじわじわ実感します。
そうしているうちに、タクシーでカルチェラタンのホテルに辿り着きました。当時、学生の留学ということで、トイレ・シャワー共同の安ホテルに宿を取っていました。パリを訪れたことがある友人にも、「よくそんな安いホテル見つけたね」と言われたほど、一泊5000円もしない安ホテル。小さい窓が備え付けられているだけで、部屋は薄暗く、ベットと小さなテーブルだけがある、本当にただ寝るだけの部屋。その夜は、宿に辿り着けたという安堵感と時差ボケの疲れからか、心地よい布団に包まれて、ぐっすりと眠りに落ちた感覚を不思議と今も覚えています。
美しいパリ
翌朝、外に出てみると、前日の曇り空が嘘のように消えていて、澄み渡るような青空が広がっていました。青空の下に広がるパリの景色は、どこを切り取っても美しい! 改めて、私はパリにいるんだ! という現実を実感した瞬間。
まずは、セーヌ川を見なくちゃ。自然と早足でセーヌ川に向かいます。目の前には青空の下に、川面がゆらゆらと光り、穏やかに流れるセーヌ川がありました。そして、セーヌ川沿いには、美しい建築物が佇んでいます。ただただ何も考えずに、セーヌ川を見ていたい。すぐにセーヌ川の魅力に取り憑かれてしまいました。
そして、カルチェラタンの街をただただ歩き回りました。ここはヘミングウェイも歩いた場所かな? なんて思いながら歩くのがとにかく楽しく、浮き立つ自分の心が感じられるほど。そして夕暮れどきには、ノートルダム寺院にも訪れてみました。夕日を背景にただずむノートルダム寺院は宝石よりも美しい。思わず息を呑んで、感動して。なんだかお腹いっぱいになったような気分。今思い返してみると、映画で見るような、ちょっと浮かれた旅行客。
モンマルトルへ
翌日。パリにいるのならモンマルトルにも行かなければ。治安が悪いと聞いていたので、大丈夫かなという不安を感じながら……。映画「アメリ」ではモンマルトルが舞台にもなっていたし、写真家ブラッサイの写真にもモンマルトルの路地裏の写真があった。そして、大好きな画家ユトリロが住み、描いたモンマルトル。古き良きパリが残っているという期待を胸に! アベス駅に到着し、ドキドキしながら、長い階段を登りモンマルトルに足を踏み入れました。
モンマルトルには、想像していたパリがありました。坂が多くて、ちょっとした迷路のよう。それに観光客のいない路地裏が魅力的。下町情緒が溢れています。
そしてパリの街が一望できるモンマルトルの丘にも登ってみました。澄み渡った青空の下どこまでもパリの街が続いている景色をただただ無心で眺めていました。綺麗だなぁ……。すると、何故だか涙が滲んできたのです。手で涙を拭いながら、なぜ、涙…… ? そうだ家族とも離れ、私一人でこんな遠いところまで来たんだと、心細い気持ちに駆られたのです。そうだよね。初めての一人旅、それも海外に留学。なかなか大胆なことをしたなぁ。ホームシックのような寂しさと、これからどうなるのだろうという不安が押し寄せてきました。
しばらく景色を眺めていると、「でもとりあえずここで頑張ろう」という気持ちが湧いてきたのです。なぜだろう、不思議なことに。モンマルトルから見えるパリの景色をしっかりと目に焼き付けて、ここを後にしたのでした。
次の日、「バイバイ、パリ。また来るからね」心でそう呟きながら、リヨン駅から留学の地であるディジュン行きの電車に乗りました。こうして、私の人生で初めての一人旅を終えたのでした。
その後、不思議なもので、 この街とご縁があり、10年前からパリに定住するようになり、パリという街は私の日常となりました。
私にとってのパリの旅とは?
何か大きな変化となる劇的なことが起きた旅だったのか? というと、そういう訳ではありません。しかし、私にとって初めてのパリの一人旅は、フランスの生活において、初々しい気持ちを思い返させてくれる原点と言えるかもしれません。
パリという日常では、いいこともあれば、勿論どうしようもなく嫌なことも起こります。「もう日本に戻りたい!」と思うことも。でも、パリで宿を取ったカルティエラタンやモンマルトルを訪れると、不思議と17年前の感覚が蘇ってくるのです。初心に立ち返り、不思議とモンマルトルで感じた「とりあえずここで頑張ろう」という気持ちがむくむくと湧き上がってきます。そんな若かりし日に感じた想いを再び抱きながら、再びパリの日常の生活へと戻っていくのです。
[All Photos by Nanako Kitagawa]
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