「スポーツはオリンピックだけじゃない」アーティスティックスイミング選手・小谷実可子さん【Style2030】
TBS NEWS DIG Powered by JNN / 2024年6月23日 11時0分
SDGs達成期限の2030年に向けた新たな価値観、生き方を語る今回の賢者はアーティスティックスイミング選手の小谷実可子氏。1988年のソウルオリンピックで初の女性旗手を務め、シンクロナイズド・スイミング(現アーティスティックスイミング)で銅メダルを獲得。引退後は数々の要職に就き、国連総会で民間人として初めてスピーチした経験も持つ。2023年以降は世界マスターズ水泳選手権に出場する一方、海岸の清掃活動にも取り組んでいる。小谷氏が語る未来とは。
成長し続けてこそ貢献。人生は50歳から
――賢者の方には「わたしのスタイル2030」と題して、お話をいただくテーマをSDGs17の項目から選んでいただきます。小谷さん、まず何番からいきましょうか。
小谷実可子氏:
3番の「すべての人に健康と福祉を」でいきたいと思います。
――その実現に向けた提言をお願いします。
小谷実可子氏:
はい。「泳ぐSDGsであり続ける」。
――小谷さんにしか言えない表現かなと。ご自身の生き方や普段の生活の中にSDGsそのものがあるということでしょうか。
小谷実可子氏:
それを目指しています。スポーツをしていて応援していただいたり、自分で幸せを感じたりすると、その分何か社会とか地球に対してお返しをしていきたい。こんなに幸せな思いをさせていただいているんだから、役に立てる人間でいたいっていう思いはずっとあったんです。
最近はそれらがSDGsの17のいろんな意味に自分でかこつけている部分もあるんですけれども、自分のこれはこれにつながるなということを意識して過ごすようにしています。私の場合は泳いでエネルギーをもらって、それをSDGsの形にして返していきたいなというのが人生のテーマです。
――ズラリとメダルが。
小谷実可子氏:
こちらが今年、2024年のドーハであった世界マスターズで初めて男性と組んだ男女ミックスデュエットの金メダルです。
――マスターズというと年配の人がやっているのかと思ったら、実は若い人も入れるんですね。
小谷実可子氏:
はい。いわゆるエリートアスリートの場合、オリンピックとか世界選手権で戦ってから1年以上空いて、登録をマスターズに変えて、25歳以上だったら誰でも出られるんです。元オリンピック選手もいれば、マスターズのために初めて泳ぎ始めたっていう人もいる。いろんな国のいろんなレベルの人が一堂に会して、年齢ごとに戦うのがマスターズです。
――例えば私は水泳はやったことがなくて、一念発起して練習を始めて、登録したいと言ったら?
小谷実可子氏:
OKです。誰でもです。80歳以上の部でおばあちゃんがステージの階段を自力で上がれないので、若手のコーチが手を取ってステージに乗せて。なのに、音楽がかかるとビシーッと踊って、飛び込んでパンと足を上げたりするんです。
そのときのその人のレベルで、体と心の限界を超えている演技って本当に涙が出て、観客席では家族が声援を送っていて、終わったらみんなで家族旅行に行くみたいな。
本当に素敵な世界で、私も日本オリンピック委員会、JOCの常務理事として強い日本代表を作るための環境作りや育成にも関わっていますけれども、スポーツはオリンピックだけじゃない。これが一番感じたことですね。
――強いメッセージですね。
小谷実可子氏:
オリンピックを中心にトップアスリートが頑張る姿があるからスポーツやってみようかなっていうことがあったりするとは思うんですけれども、いろんな分野でいろんなレベルでいろんな人がそれぞれにスポーツを通して自分の体の限界を心で越えていくっていうのは本当に感動。
スポーツの意義って平等で、頑張りきって成し遂げたことに対する価値っていうのは、オリンピックも日本選手権も、地域の大会も小学校の運動会も私は全部一緒だと思います。そういう意味で、スポーツはオリンピックだけじゃない。
――なぜ今になってマスターズに挑戦しようと思ったのですか。
小谷実可子氏:
かっこつけた言い方ですけど、いろんな国際スポーツ組織に関わらせていただいたり、50歳ぐらいまでメディアのお仕事とかいろんな世界大会に連れて行っていただいたり、いろんな経験をさせていただいて、50歳になったらもうこれ以上やりたいこともない。これからはそういう自分の人生を作り上げてくれたスポーツ界に対して恩返しをしなきゃいけないなと思って頑張っていたんです。でも、途中からいやいや、恩返しって何かおこがましい。お返ししてあげている、お手伝いしてあげているって思っている自分に、はたと気がついて。
やっぱり自分は自分らしく自分の人生を生きてこそ、エネルギーをもらって学びをもらって自分も成長し続けるからこそ、それを後輩とかスポーツ界に分け与えられるんじゃないかと。マスターズに挑戦してアスリートとしての充実感を経験すればするほど、そういうふうに自分の頭の中が切り替わっていって。自分に挑戦する、スポーツで頑張って目標を持つ、目標のために頑張る、困難があったときにはそれを乗り越えるように頑張るっていう生き方がたまらなく楽しくて、充実感につながって。
私、今57歳なんですけれども、人生50からですよって。ソウルオリンピックのときよりも今難しい技ができているんです。50は折り返し地点だから恩返しの人生と思っていましたけれども、人生後半の一番楽しいときへの扉をちょうど開いたところだったんだなっていうことがわかったので、そういうことを多くの方に伝えたいですし、働きながら、子育てしながら、主婦をしながらでもスポーツを楽しんでいただける日本になっていってほしいなと思います。
――ソウルのときよりも今は上ということは、ものすごい努力をされたのでは?
小谷実可子氏:
すごくしました。練習時間はソウルの前は8時間水の中にいて、ビクトリー2時間、10時間は練習していました。今は時間的にはそこまでではないですけれども、その日一日成長をするために尽くしたエネルギーと労力は、ソウルオリンピックに向かっているときと何ら変わらなく、100%の思いと努力をして、どの大会も臨んだっていうのは胸張って言えます。
――オリンピックでこれだけの実績を上げられた精神力や勝利に向かう意欲は、我々とはちょっと違うのかなって。
小谷実可子氏:
そんなことないです。スポーツだけではなくて、何でも100%の努力とか準備をして、結果が良かったときって、自分をほめてあげられるじゃないですか。それが豊かな幸せの日々につながっていくと思うので、1キロ走るのは無理だけれども、工夫して昨日よりもちょっと長く走れたとか、自分で自分をほめてあげられる何か一つ一つを重ねていくと、きっと素敵なマスターズ挑戦になるんじゃないかなと思います。
補欠=選手生活終了。イルカが教えてくれたこと
小谷実可子氏は25歳のとき、バルセロナオリンピックの代表となるも出場機会は得られず、大会後に現役を引退。失意の中にあった小谷さんに訪れた運命的な出会いとは。
――現役選手をやめるとき、自分はこれから何をやっていこうと?
小谷実可子氏:
補欠として、競技できないという形で終わったんです。引退を決めるというよりは、もう自分は日本代表として日本の役に立たない、必要とされないスイマーになったんだっていう現実をバンと突きつけられた感じになったので、「補欠になりました、イコール、選手生活の終わりです」っていうところははっきりしていました。
最近のアスリートたちは現役のときから引退後のことも考えて、いろんな資格を取ったり勉強したり、道を考えたりっていうこともするようになっていますし、JOCもいろんなお手伝いをしていますけれども、私の頃は特に私の性格としては、現役の間だけを考えている方が集中できるタイプだったので、全く何も考えていなかったんです。
ソウルオリンピックのときに、私の演技を見たあるアメリカ人のおじさんから電話がかかってきて、「君のように美しく泳ぐものが大自然の中にいるから、僕と一緒にバハマに行かないかい」って。カリブ海にいる野生のイルカたちに会いに行こうっていうお誘いだったんです。
「人生シンクロだけじゃないよ」とか「人生オリンピックだけじゃないよ」って毎回言ってくるんです。私はオリンピックに全てを賭けているし、シンクロが大好きで365日シンクロのことを考えているんだから、余計なこと言わないでよっていう感じだったのが、バルセロナで人生の全てだと思っていたオリンピックであなたは要りませんっていう現実を突きつけられたときに、彼の言葉が初めて心にストンと落ちて。
特にやることもなかったのでバハマに行って、大海原のカリブ海の360度どっちを見ても水平線っていう中に10日間ぐらいずっといると、私ってすごいと思っていたオリンピアン、メダリストみたいなものが地球にとっては爪の垢ぐらいにもならない、なんて自分は地球にとって無意味な存在なんだろうっていうふうに感じる経験ができたんです。
10日間、野生のイルカたちと一緒にずっと泳いでいたんです。アーティスティックスイミングは曲の力、振り付け、技術を使って審判の心をつかんでナンボなわけです。イルカは私の横で泳いでいるだけで、私はすごく感動してしまって、泣けてきちゃうぐらい幸せで、私はこの地球上に人間っていうものになって生きているんだっていう感動があった。
私はアーティスティックスイミングを通して人に感動を与えたいってこんなに頑張ってきたのに、イルカは曲も衣装も振り付けも何もないのに私を一瞬にしてこんなに幸せにしている。小谷実可子、一オリンピアンであるこの人間って全然大したことない存在なんじゃないかっていうことを教えてくれたイルカとの出会いがあったので、日本に戻って陸(おか)に上がってからも、いろいろな生物、動物たち、みんなで生きていかなきゃいけない地球なんだから、きれいに大事にしていかなきゃいけないなって。心が汚いとイルカがプイッと行っちゃうと困るから、清く正しく美しく人として生きていこうみたいなことを毎年、イルカに会いに行く度に思い直して生きていた20代でした。
――自分らしく生きているということが、人に何かを与えるということに気づかれたのでしょうか。
小谷実可子氏:
今、気がつきました。よく素直って言われます。いろんなハットをかぶって日によっていろんな立場があるんですけれども、全部ハットをおろしたときの自分自身が、本当の自分じゃないですか。だから、これをなくさないように本来の自分自身らしくいたいなって、そう生きています。アスリートに戻って、どんどんやめられなくなってどんどん水に比重がいっているっていうのは、どんどん自分に帰っていっているのかもしれないです。
――では、ゲストの方の原動力、活動の源になっていることについて伺うコーナー「わたしのサステナ・エンジン」です。
小谷実可子氏:
神奈川県大磯の北浜海岸っていうところなんですけど、一説には海水浴が最初に始まったところとか。ロングビーチはかつてシンクロの試合や合宿をして、このプールの水の半分は私の涙と汗じゃないかっていうぐらいたくさんの思い出があるところで、引退した後もシンクロのスクールをこちらで。バルセロナの翌年からもう今年で31年目になるのかな。今場所は変わりましたけれども、子どもの指導をずっとここでやっていたっていう思い出の地です。
実は今、月に1回ここに行ってゴミ拾いをしています。田原(靖夫)さんはマッサージトレーナーをしながらビーチクリーンを主催している方です。体操の水鳥(寿思)選手やオリンピアン仲間が一緒に来てくれたりするようになって、仲間が広がっていったんです。
SDGs活動ってこれをやらなきゃと思うと負担になると思うんですけれども、負担なく自分で楽しみながらできることで最初に思いついたのが、このビーチクリーンだったんです。ビーチをきれいにしながら集中できます、癒されます、友達も増えます、おいしいものも食べられますっていう、年間スケジュールの中で自分をセットし直す良いタイミングになっています。
(BS-TBS「Style2030賢者が映す未来」2024年6月16日放送より)
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