【詳報】「危険警報」新設だけがポイントではない 気象に関する防災情報は2年後、こう変わる 第3回“人を動かす情報を目指して”
TBS NEWS DIG Powered by JNN / 2024年7月15日 12時0分
情報名に統一ルール適用
気象庁や国土交通省等が発表する〈気象に関する防災情報〉は、2年後の2026年、歴史的な転換点を迎える。その理由は、気象庁の有識者会議(「防災気象情報に関する検討会」)が2024年6月18日に報告書を公表したことだ。
「防災気象情報の体系整理と最適な活用に向けて」と題されたその報告書には、「複雑」「わかりにくい」との声が多数聞かれる情報の体系や情報名の改善の方向性が示されている。
当初の案である図-1を見ると、情報名に、ヨコ軸の「現象・災害の危険度」とタテ軸の「警戒レベル」に応じた統一性・整合性を持たせていることがおわかりいただけると思う。
一方、現行の図-2の情報名はバラバラで、共通のルールがあるようには見えない。
筆者はこの検討会の委員を務め、計8回の議論に参加すると同時に議論の行方をつぶさに見てきた。
連載の最終回となる第3回では、警戒レベルに直接紐付かない、〈警戒レベル相当情報〉以外の情報を中心にどのような見直しが行われるかを紹介するとともに、防災情報の理想像についても若干の考察を加えてみたい。
速報か、解説情報か
〈警戒レベル相当情報〉以外、つまり警戒レベルには直接紐付かないけれども防災の色合いの濃い情報について、報告書には
1.「気象防災速報」(極端な現象を速報的に伝える情報)
2.「気象解説情報」(網羅的に解説する情報)
以上の2つに分類する見直し案が盛り込まれた(図-3)。
もう少し噛み砕いて説明すると、1に分類されるのは、線状降水帯のような現象が発生または発生しつつある場合に速報で伝える情報で、具体的には「記録的短時間大雨情報」や「顕著な大雨に関する気象情報」、「竜巻注意情報」等が該当する。
どの情報も程度の差こそあれ、災害をもたらすような極端な現象が発生または発生しつつある場合に、対象エリアに危険が切迫していることを知らせる緊急性の高い情報だ。
一方、2に分類されるのは、速報で伝えるような緊急性は低いが、現在または今後の気象状況等を詳しく解説する情報で、「全般気象情報」に代表される「●●気象情報」や「全般台風情報」が該当する。
線状降水帯発生も今は解説情報扱い
情報伝達の観点から見れば、即時性の高い速報とそうではない解説情報とでは情報の性質が明らかに異なり、分類するのは至極当然に思える。
ところが現行の情報体系では、実は1に該当する情報も解説情報に位置付けられている。
つまり、線状降水帯の発生や記録的な大雨が確認されても、それらは解説情報的に伝えられる体裁になっている。速報でないのが歯がゆくてならない。
気象庁事務局は当初、検討会に対し、「記録的短時間大雨情報」や「顕著な大雨に関する気象情報」に速報的な要素を持たせつつ、あくまで解説情報の一部として扱う案を示した。
現行の体系とそれほど変わらない内容に思えたので、筆者は強硬に反対した。
情報伝達者の観点から言えば、速報で扱う防災情報は何が何でも一刻も早く伝える必要がある情報であり、解説情報的な速報とか速報的な解説情報とか、どっち付かずはありえない。
結果的に検討会での議論を経て事務局案は修正され、線状降水帯や記録的な大雨の発生が速報として伝えられる方向が明確に示されたことに、今は安堵している。
分類に注目を
図-3について、念のため補足しておきたい。
「危険警報」と同様、「気象防災速報」や「気象解説情報」という新しい名前の情報ができるのかと思われた方がいるかもしれない。
そうではなく、情報が新設されるというよりは、情報の新たなカテゴリーが設定されるというのが筆者の抱くイメージだ。それをもう少し丁寧に表現するなら、「気象防災速報」は〈警戒レベルには直接紐付かないが、速報として伝えることが防災上特に有効と思われる情報群〉、「気象解説情報」は字義どおり〈気象状況を解説する情報群〉という分類になる。
このカテゴライズにより、「気象防災速報」に目を向けると、例えば「記録的短時間大雨情報」は「気象防災速報(記録的短時間大雨)」に、「竜巻注意情報」は「気象防災速報(竜巻注意)」にそれぞれ名称が変わる方向だ。
ただし、変わるとはいえ現在の情報名をほぼ踏襲していることがわかると思う。
対照的に、情報名が現在のものから大きく変わる印象があるのが「顕著な大雨に関する気象情報」→「気象防災速報(線状降水帯発生)」だ。
問題山積の「顕著な大雨に関する気象情報」
「顕著な大雨に関する気象情報」は、線状降水帯に関する情報提供の第1弾として2021年6月に運用が開始された。
当時の気象庁にとって、「平成27(2015)年9月関東・東北豪雨」、「平成29(2017)年7月九州北部豪雨」、「平成30(2018)年7月豪雨(いわゆる西日本豪雨)」「令和2(2020)年7月豪雨」等、ほぼ毎年のように豪雨災害を引き起こす線状降水帯への対応が喫緊の課題となっていた。
そのような状況下で、積乱雲を次々と発生させる線状降水帯がもたらす継続時間の長い大雨への注意を促すことを目的に「顕著な大雨に関する気象情報」が誕生した。
その趣旨は、「大雨による災害発生の危険度が急激に高まっている中で、線状の降水帯により非常に激しい雨が同じ場所で降り続いている状況を『線状降水帯』というキーワードを使って解説する」というものだ。
情報名に見えた役所の限界
趣旨は理解できたのだが、とても奇異に感じたことがある。
「『線状降水帯』というキーワードを使って解説する」と謳っておきながら、情報名(「顕著な大雨に関する気象情報」)には線状降水帯の語句がまったく用いられていないからだ。
理由を探ると、
・そもそも線状降水帯とは何か、学術的に定まっていない。
・情報を発表したとしても、線状降水帯が実際には発生していない可能性もある。
以上を気にして、情報名に「線状降水帯」を使うのを躊躇したことが見えてきた。事実誤認との指摘や誤解を避けるために、いわば“保険”をかけたのだ。
気持ちはわからないでもないが、踏み込んだ情報を出そうとする割にはあまりにも思い切りが悪い。
比較的柔軟に見える気象庁でさえ、こうなのか―役所という組織の限界を垣間見た気がした。
「日常会話で使ったことは?」
そして、線状降水帯の語句が使われないこと以上に、「顕著な…」という情報名が気になった。
少々話がそれるが、当時のエピソードを紹介したい。
「顕著な大雨」「ケンチョナオオアメ」という言葉を見聞きして、皆さんの脳裏には具体的にどんな大雨のイメージが浮かぶだろうか。
それは、線状降水帯がもたらす大雨を想起させるだろうか。
「顕著な…」の情報名に対する違和感や疑念を気象庁幹部や大気海洋部の担当者に何度もぶつけたが、「変えるつもりはない」の一点張り。
思わず担当者にこう尋ねたことをよく覚えている。
「『顕著』という言葉を、日常会話で今までに何回使ったことがありますか?奥さんやお子さんを相手に1回でも口にしたことがありますか?」
予想外の質問に面食らったのか、相手は押し黙ってしまった。別に責めようとしたのではない。
普段使わないような言葉を、大勢の人々に伝える必要がある防災情報の名前に、なぜわざわざ用いるのか。
そのセンスがまったく理解できなかった。その考えに今も変わりはない。
TBSは「線状降水帯発生情報」を採用
この新しい情報を放送でどう扱うか、TBSテレビでは報道局の防災担当者を中心に、気象予報士らも交えて議論を重ねた。
その結果、「顕著な大雨に関する気象情報」の名称を放送ではそのまま伝えず、代わりに「線状降水帯発生情報」とすることを決めた。JNN系列局の理解も得た。
「正式名称を尊重したい気持ちはあるが、真意が伝わらない情報名を災害情報に使うべきではない」が我々の下した結論で、気象庁の最高幹部にもその旨を事前に通告した。
かなり覚悟のいる決断だった。
その後、実際にこの情報が発表された際には、正式名称が「顕著な大雨に関する気象情報」であることにもできるだけ触れた上で、
TBS(JNN)では、この情報の意味が明確に伝わるよう、あえて「線状降水帯発生情報」と言い換えてお伝えしています、と説明するようにしている。
民放間に伝播した正式名称回避の動き
「顕著な大雨に関する気象情報」の運用開始当初、正式名称を敢えて使わない判断について、内外から幾つか疑問や批判の声があったし、放送局として敢えて一歩踏み込んだ選択をした以上、他の民放やNHKがどう対応するのかも気にはなった。
予想どおりNHKは現在まで一貫して正式名称を使っている一方、他の民放の多くは時間が経つにつれて「線状降水帯発生情報」「線状降水帯情報」などと言い換えて伝えるようになった。
いま振り返って、この判断はベストとは言えないかもしれないがベターだったのではと自己評価している。
この情報が発表されたときに線状降水帯が実際に発生しているかどうかに拘わらず、少なくとも「相当の大雨が既に降っている」「まだ降り続きそう」というメッセージは、「顕著な…」よりも「線状降水帯発生」の情報名からダイレクトに伝えられたのではないかと感じている。
見つからない、たどり着けない防災情報
この情報をめぐる問題点を、もう一つ指摘しておきたい。
「『顕著な大雨に関する気象情報』が発表されたことはテレビのニュースなどを見てわかるのだが、情報そのものがどうしても見つからない」
このような指摘を、職場の仲間や友人などから複数受けたことがある。
「顕著な大雨に関する気象情報」が発表された場合、筆者は気象庁公式ウェブサイト上で何度も直接確認しているのだが、試しにこの情報について何も知らない前提で、検索サイトに「顕著な大雨に関する気象情報」と入力し調べてみたところ、気象庁サイトの幾つかがヒットし、この情報を解説するページなどは候補として表示されるのに、発表されている情報そのものには簡単にはたどり着けなかった。
ああそうか、と後になって気づいた。見つからないのは「気象情報」だからだ。
気象庁の「気象情報」は狭義の情報
気象庁は「顕著な大雨に関する気象情報」を、名前のとおり「気象情報」の一種と位置付けている。
「気象情報」と聞いて、皆さんはどのような情報を思い浮かべるだろうか。
〈広く気象や天気にまつわる情報〉というのが、一般の人々の多くが抱くイメージではないかと筆者は想像する。
だとしたら「気象情報」は、だいぶ間口の広い情報ということになる。
ところが、気象庁にとっての「気象情報」はそうではない。
気象庁が定義する「気象情報」とは、「警報・注意報に先立って注意・警戒を呼びかけたり、警報・注意報の発表中に現象の経過、予想、防災上の留意点等を解説したりする」とされている。
ということは、大雨警報や洪水注意報は「気象情報」には該当しない。
では、気象庁のいう「気象情報」とは具体的に何なのか。
その代表例が「全般気象情報」「地方気象情報」「府県気象情報」の3種類だ。
いずれの情報も現在及び今後の気象状況等を解説することを目的としていて、発表対象地域が3種類で異なる。
ざっくり言うと「全般…」は全国を、「地方…」は地方単位を、「府県…」は府県単位をそれぞれ発表対象としている。
そして「顕著な大雨に関する気象情報」もまた、気象庁定義の「気象情報」である以上、解説情報の役割を担っている。
天気や気象によほど関心があるか詳しい人でもない限り、普段接することのない情報の一種だ。
「顕著な…」が「気象情報」という名の解説情報の中に埋没した結果、前面に決して出ることのない控えめな性格の情報になってしまった。基本的にプッシュでは届かない情報になってしまった。
…と原稿を書いている最中の2024年7月14日午前7時47分、長崎県五島地方に「顕著な大雨に関する気象情報」が発表された。
早速、検索サイト経由で情報へのアクセスを試みる。
最上位の検索結果から気象庁の公式ウェブサイトに最近開設された「線状降水帯に関する各種情報」というページに誘導されたが、解説文が延々と続き、目当てのものは見つからない。
結局、「現在発表中の気象情報へ」というリンクをクリックしてようやくたどり着いたが、以前よりいくらか改善されたとはいえ、すぐに探し出せない状況に変わりはない。
筆者はこの情報が「気象情報」に分類されていることをあらかじめ知っていたから、今までPCやスマートフォンから情報そのものを比較的簡単に見つけ出すことができていたに過ぎない。
「顕著な…」は消滅へ
運用開始から3年以上が経過した「顕著な大雨に関する気象情報」は、今回の見直しでようやく「気象情報」=解説情報の枠組みから抜け出す目処が立った。
それに伴い、「顕著な…」という摩訶不思議な名前が消える代わりに、「線状降水帯」の語句がようやく情報名に明記される見通しも示された。
以前からそうなることを望んでいただけに、この方向性については素直に歓迎したい。
その上で、長年担当してきた記者として、このタイミングで気象庁にどうしても言っておきたいことがある。
気象庁が発表する、もしくはこれまでに発表してきた幾多の防災情報の中で、「顕著な大雨に関する気象情報」は、前述の理由から最悪の名前が付けられた情報だと思う。
しかも、問題は情報名だけに留まらない。
発信者の論理優先も見直しを
この情報自体は、線状降水帯による、災害を引き起こすような大雨が降っていることを知らせる非常に重要な情報だ。
だから「線状降水帯が発生した」と知らされた側が、その情報を詳しく知りたい、直接確かめたいと思うのは当然の成り行きだろう。
なのに、そうした情報ニーズに応える仕組みを未だに整えていないのは、情報を発信する側の態度としてまったく理解できない。
気象庁は、自分たちが出した情報を人々が探し回った末、結局見つけられなかった時の徒労感やストレスを少しでも想像したことがあるのだろうか。
そうした無駄な骨折り作業やストレスを解消する責任を感じないのだろうか。
あくまで発信者の論理や理屈、都合や事情を優先させて情報名や発表の仕組みを決めた結果、「顕著な大雨に関する気象情報」は、受信者に伝わりにくい、届きにくい、なおかつ受信者が探そうとしても見つけにくい情報になってしまっている。
それが現状であり、防災上の効果が上がらないように仕向けているのは、実は気象庁自身にほかならない。
その点を重く受け止めて、今後の改善に生かしてほしい。
キロクアメも待遇改善へ
「記録的短時間大雨情報」についても触れておきたい。
「記録的短時間大雨情報」も「顕著な大雨に関する気象情報」と同様、「気象防災速報」に分類されることになった。気象庁が定義する「気象情報」の枠内から出て、緊急性の高い情報として扱われる。
「キロクアメ」や「キロタン」の略称で呼ばれる「記録的短時間大雨情報」は、「現在の降雨がその地域にとって土砂災害や浸水害、中小河川の洪水災害の発生につながるような、稀にしか観測しない雨量であることをお知らせする」もので、気象庁が発表する幾つもの防災情報の中で、とりわけ災害発生との関連が強い情報だ。
警戒レベルに直接紐付かないものの、この情報が出ている地域の状況は「レベル4相当以上(レベル5相当の可能性もある)」とされる。
そのような防災上極めて重要な情報であるにも拘わらず、現在は「気象情報」に位置付けられているために、気象状況を解説する情報の一つでしかなく、あまり目立たない存在となっている。
この「記録的短時間大雨情報」について、筆者は常々、毎試合にレギュラーメンバーとして出場できる実力を十分持ちながら、なぜかいつもベンチでスタートの“不遇な選手”と感じていた。
なので今回、役不足な待遇の改善が報告書に明記されたことを大変喜ばしく思っている。
「気象情報」は普通名詞に
「顕著な大雨に関する気象情報」と「記録的短時間大雨情報」は、どちらも重要な防災情報でありながら、現状は一般の人々に“刺さって”いない。
その理由は、これまで記してきたように情報名や情報を伝える仕組みに問題があるからだが、特に「気象情報」に位置付けられていることが大きな原因だと考えている。
気象庁が定義する「気象情報」は、限りなく解説情報としての色合いが濃い。
一般の人々が思い描く「気象情報」の間口の広さと比較すると、情報の意味や性格はかなり限定的だ。
一般には〈普通名詞〉として使われて何の問題もない「気象情報」が、実は気象庁界隈に限っては〈固有名詞〉として用いられている。
そして、〈普通名詞〉と〈固有名詞〉のギャップが埋められることなく長い間放置されてきた結果、情報の送り手と受け手との間に齟齬が生じたままになっている。
今回の見直しで「顕著な…」や「記録的…」は「防災気象速報」に、また「全般/地方/府県気象情報」は「気象解説情報」として整理されることになり、気象庁界隈だけで通用・成立してきた〈固有名詞〉の「気象情報」は姿を消す方向だ。
メディアではなかなか取り上げられない地味な動きではあるが、筆者は重要な改善の一つと受け止めている。
たび重なる“改善”が招いた混乱
国が発表する防災に関する情報や市町村が発表する避難に関する情報は、近年の気象災害の激甚化・頻発化等を背景に、「技術の向上」や「改善」という名の下に新設または更新を続けてきた。
例えば避難に関する情報は、現在は「高齢者等避難」「避難指示」「緊急安全確保」だが、2021年5月までは「避難準備・高齢者等避難開始」「避難勧告」「避難指示(緊急)」だった。
さらに時間を遡ると、2016年12月までは「避難準備・高齢者等避難開始」は「避難準備情報」という名称で、「避難指示(緊急)」は「避難指示」。「(緊急)」が付かなかった。
直近で起きた災害の反省や教訓を踏まえて情報の体系や名称を見直すことは大切だが、これだけ短期間にコロコロ変えられては、情報を受ける側はとてもついて行けない。
だから情報を送る側が思い描くような実りある結果には結びつかず、そうしてまた修正が繰り返され…という具合に、大して効果の上がらない“改善”がループ状に延々と続く。
確かに情報の名称は大変重要だ。適当に決めたりするべきではない。
一方で筆者は、情報の名前にいくら手を加えても、どんなに良い名前にしたつもりでも、理解できない人には理解できないし、刺さらない人には刺さらないことは避けられないとも考えている。
一筋縄では行かない「シンプルでわかりやすい」
検討会は、シンプルでわかりやすい〈気象に関する防災情報〉の再構築に向けて、情報体系の見直しや情報名の見直しについて白熱した議論を重ねた。
その席上、気象庁が一般市民や市町村を対象に実施したアンケート、都道府県・報道機関・気象キャスター・ネットメディアから聞き取った意見が紹介されたのだが、結果をひとことで言えば、バラバラだった。
多少の傾向は導き出せたとしても、最大公約数と呼べるものは見出せなかった。わかったのは、そもそも「シンプルでわかりやすい」は人それぞれ違う、という事実だけだった。
情報名よりも重要なこと
だとしたら、情報に良い名前を付けるという行為そのものに限界があるということを十分わきまえた上で最適解を探し出すことが合理的・現実的な選択なのではないか。
どんなに良い名前に思える情報でも、その情報名を脳内でうまく変換・翻訳しないと、いま自分が置かれている状況はどの程度危険なのか、避難行動をとる必要があるのかどうかがわからない…そんな情報は、そもそも防災上有効と言えるだろうか。
検討会の矢守克也座長(京都大学防災研究所教授)は、報告書公表の記者会見で次のように語っている。
「防災気象情報がどういう名称を持っているかはもちろん極めて重要だが、より重要なことは、その情報が人を動かすかどうかに尽きる」
筆者も同感だ。危険な状況にいる人たちに危険度が上昇していることを伝えても、その人たちが避難など必要な行動をとるとは限らない。
災害時にどのような情報提供をすれば人々の行動変容に結びつくのか、防災担当者なら誰もが答えを模索した経験があるだろう。
「ステップ」で風穴は開くか
矢守座長はまた、報告書の公表を「ホップ・ステップ・ジャンプという言い方を借りるなら、今回はステップにあたる」と表現した。
ではホップは何を指すのか。警戒レベルだ。
2019年5月に運用が開始された5段階の警戒レベルが、それまでの情報体系を整理しないまま導入されたために、気象に関する防災情報の複雑さ・わかりにくさに拍車をかけた。
けれども検討会は、警戒レベルの維持を前提に情報体系や情報名の見直しについての議論を進めてきた。
レベルなら、数字なら、「複雑でわかりにくい」状況に何とか風穴を開けられるのではないかと考えたからだ。
震度を手本に
矢守座長は地震の震度を例に挙げ、
・震度には100年以上もの歴史がある
・運用開始当初は「微震」「弱震」「強震」など日本語表現のみ
・その後、日本語と数字の組み合わせで表現(「震度5(強震)」など)
・1996年以降は、数字のみの10段階で表現(「震度5強」など)
以上の歴史的変遷を経て、震度という表現が社会に定着していることを説明した。
震度5強を「強震」、震度3を「弱震」などと頭の中でいちいち変換する人はおそらくいないだろう。
私たちの脳は、震度の数字を見聞きした瞬間に揺れの強さをある程度具体的にイメージできるようになっている。
これと同じように、「レベル+数字」を表示することで、たとえ情報の名称を知らなくても、情報の意味を理解していなくても、子供を含め多くの人々が危険度の高さを直感的に把握できるようになるのではないか。
そういう方向を目指して進むことが望ましいのではないか。
すぐには無理かもしれないが、震度が長い年月をかけて人々の間に浸透していったことは参考になるし、お手本にして良いように思う。
とはいえ、あまり悠長に構えてもいられない。
気象災害の激甚化・頻発化が進む中で、線状降水帯がもたらす大雨や台風への対応は待ったなしだ。
報告書が今回示した情報体系や情報名の見直しの方向性について、気象庁は運用開始を2026年の出水期に間に合わせるよう既に作業に着手している。
法改正やシステム改修にかかる時間を考えたら、2年は決して長くない。
こうした“改善”を防災に役立てるには、時間を有効に使い、普及啓発などの取り組みを強力に推進することが不可欠だ。
次の段階、矢守座長の言う「ジャンプ」の出来不出来も、そこにかかっているように思う。筆者も当事者意識を持って準備にあたるつもりだ。
最後に、報告書に記載されているもう一つの表(図-4)を紹介したい。図-1とは似て非なるものだ。
将来、警戒レベルが社会にしっかり浸透した暁には、情報の正式名称を使わない選択肢も視野に入れて、このようにシンプルに表現してみてはどうかという提案だ。
この表は、特別警報や危険警報、警報の名前や意味を知らなくても、「洪水の危険度がレベル5」「土砂災害の危険度がレベル4」などと伝わることで、どの災害の危険度がどの程度高まっているのかが直感的に理解できるようになることを想定している。
こうしたコミュニケーションが円滑に成立する環境が整うまでにどれだけの時間がかかるかはわからないが、情報伝達者の我々も、いずれこのような伝え方に帰結するのではないか、そんな予感がしている。
“カオス”を脱する道筋が、ようやく見えてきた。
===
〔筆者プロフィール〕
福島 隆史
TBSテレビ報道局解説委員(災害担当) 兼 社会部記者(気象庁担当)
日本災害情報学会 副会長
日本民間放送連盟 災害放送専門部会幹事
気象庁「防災気象情報に関する検討会」委員
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