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ネット時代にテレビ・新聞の遅れを露呈させた都知事選~放送データで見る選挙報道分析~【調査情報デジタル】

TBS NEWS DIG Powered by JNN / 2024年8月24日 8時0分

TBS NEWS DIG

先ごろ行なわれた都知事選の事前報道で、テレビ各局は石丸候補の躍進をまったく予測できず、安野候補に至ってはほとんど取り上げなかった。なぜこうなってしまったのか。ネットでの地殻変動を捉えきれない旧来型の選挙報道の限界があったのではないか。ジャーナリストで上智大学文学部新聞学科教授の水島宏明氏による論考。

はじめに

現職の小池百合子知事が三選を果たした東京都知事選の投開票日からもう1か月あまりになる。現職の小池氏と立憲民主党や共産党などが支援した前参議院議員の蓮舫氏との事実上の一騎打ちと見られていた今回の知事選。

テレビや新聞などの主要メディアは、小池百合子氏、蓮舫氏、前広島県安芸高田市長の石丸伸二氏、元航空幕僚長の田母神俊雄氏の4人を主要な候補と想定して、事前の記者会見などもセットした。

7月7日の七夕決戦。午後8時からの各社の開票速報では早々と小池百合子氏の当選が決まった。結局291万票あまりを獲得して圧勝した小池氏に次ぐ2位になったのは165万票あまりを集めた石丸伸二氏だった。女性同士の闘いになると見られていた蓮舫氏は128万票で3位に沈んだ。

地上波テレビの放送データを収集している調査会社の株式会社エム・データの協力で同社の「TVメタデータ」を提供していただき、都知事選のテレビ放送について分析した。 

同社がまとめたTVメタデータは、首都圏・中京圏・関西圏の地上波テレビで放送されたテレビ番組をテキスト・データベース化して構築した同社の商品だ。

いつ、どの局のどんな番組で、誰が、どんな話題が、どの企業のどんな商品がどのくらいの時間、どのように放送されたのかなどを独自のデータ収集システムを使って生成している。

今回は首都圏の地上波テレビを対象にした。たとえば番組のジャンル別にいつ頃から知事選の話題を放送しているのかなどの内容や放送時間などを把握することができる。

筆者は毎回、国政選挙など大きな選挙の折には同社の「TVメタデータ」や独自に集計した放送記録を元に分析してきたが、これまでの経験則としては一般論として次のような傾向があるといえる。

まず政権交代など、世論が政治を大きく変えるような「盛り上がり」を見せる時には、公示や告示などの後の投開票日までの選挙期間中に限らず、その前からテレビなどが時間を割いて大きく扱う傾向がある。

しかも、どちらかというと堅い傾向があるニュース番組や報道番組だけでなく、芸能人やコメンテーターらが好きに意見を言い合うワイドショー/情報番組、情報バラエティー番組などが率先して取りあげる。

理由は単純だ。これらの番組は視聴者の関心があって「見てもらえる」と判断したら、取りあげる傾向がある。報道番組ならば、今このテーマを放送することが社会の公共的な利益に資すると重要性を判断して放送するのに対して、情報番組の原理は比較的単純だ。視聴率が見込まれると判断したら放送する。それが情報番組などの常である。

TVメタデータを元に都知事選の告示前の17日間(1)と告示後の選挙運動が許可される17日間+7月7日の投開票日当日の19時55分前まで(2)と投開票日当日の7月7日19時55分以降の開票速報(3)、さらに7月8日から15日までの8日間(4)を分析対象とした。

データでみると“盛り上がりに欠けた”都知事選

TVメタデータの番組ジャンルをよりわかりやすくするために、大きく「ニュース/報道」と「情報/ワイドショー」に大別した。ニュース番組など各テレビ局の「報道局」が主体になって制作していると思われるものを前者とし、報道の映像素材を使いつつもタレントらがスタジオでトークしたりするものを後者に分類した。 

(1)と(2)の時期をまとめたのが【図1】だ。これを見ると、「ニュース/報道番組」と「情報/ワイドショー」で放送時間に大きな差はなく、告示前は「情報/ワイドショー」が「ニュース/報道番組」を上回って都知事選への関心を示していた。

逆に告示後は「ニュース/報道番組」の放送時間の方が上回っている。つまり告示されて選挙活動ができる期間になると、明らかに「情報/ワイドショー」の放送時間が減少し、消極的な姿勢が見てとれる。視聴率競争に敏感な「情報/ワイドショー」は、「ニュース/報道番組」を上回る熱心さを示さなかった。

先の経験則に照らしてみると、「盛り上がり」に欠ける選挙戦だったことは明らかだ。

(3)の開票速報も主な番組としてはNHKの総合が「ニュース」を拡大して開票速報番組を放送したほか、民放ではフジテレビが情報番組「Mr.サンデー」の中で都知事選特番を放送しただけだった。

他のTBS、日本テレビ、テレビ朝日、テレビ東京は特番を組まずに、定時ニュースなどで結果を伝えただけだったので、開票速報という意味でもテレビ局がわざわざ時間をかけて伝える意味を見出さなかった選挙だということができる。

この表のデータを主な候補者別にしたグラフが【図2】だ。

放送された記録で見る限り、「告示前」や「告示後―開票速報前」まで主要候補とされた小池百合子氏、蓮舫氏、石丸伸二氏、田母神俊雄氏の間に大きな差はない。

特に選挙期間中が主となる「告示後―開票速報前」は、テレビ各局は放送の公平性を重視して放送する。“女の闘い”とされた小池氏と蓮舫氏を軸に放送されたことがわかるものの他の2候補と比べて「若干多い」という程度に過ぎない。

開票速報以降にクローズアップされた“石丸現象” データで見ると?

開票速報で2位が蓮舫氏ではなく、石丸伸二氏だということが明らかになって、テレビはそのことをどのように伝えたのだろうか。

実感としては、2位の得票を得た石丸伸二氏についての放送の扱いが、「開票速報」から急増したという印象がある人が少なからずいるはずだ。筆者もそうした印象を持つ一人である。

確かに個別の番組で見ると、選挙が終わってから2位に入った石丸伸二氏に注目するテレビ番組がにわかに増えている。いわゆる“石丸現象”である。

YouTubeでの配信を最大限に活用して切りぬき動画などSNSを駆使した選挙戦術。10代、20代を中心に圧倒的な人気を誇る。

テレビの識者や記者などからの質問に対して「なんという愚問」などと挑戦的なもの言いやメディア関係者との間で「それ、さきほど言いましたけど、もう一度言えということでしょうか?」などと繰り広げられる“かみ合わない会話”(「石丸構文」と呼ばれる)が話題になって、有権者の投票行動に影響を与えない都知事選の後になってテレビなどで特集されて大きく扱われている。

7月14日(日)のTBS「サンデーモーニング」では世論調査を手がけるJX通信の米重克洋代表取締役の話として、石丸氏の出現で「ネット選挙の位置づけが大きく変化した」と語る。

「リアルな地盤とは別に『ネット地盤』というものが出てきて、(従来は)ニッチな層を囲い込む、拾い集めるような使い方でネット選挙は行われていた。それが今回はマス(大衆)に対して一気に広がった。そういうネット選挙の使われ方をしたのは今回が初めてだと思います」とまで言い切っている。

2013年に解禁されたネット選挙は「選挙地盤」を意識した電話がけや支援者集会など従来の選挙戦術を補うかたちで使われてきた。ところが今回、石丸陣営は動画の拡散をメイン戦術に据えたことでネット空間に選挙地盤を構築したというのが米重氏の見立てだと番組は解説していた。

一度動画を見ると、次々と似たような動画が表示されるYouTubeの仕組みに「ネット地盤」を固める効果があるのだという。JX通信社の調査では、投票先を決める時にYouTubeを参考にしたと答えた有権者は石丸氏の支持者では45%を超え、小池氏や蓮舫氏の11%台、9%台を大きく上回っていた。

選挙報道に関する情報収集がテレビや新聞からYouTubeなどのネットメディアに移行している。こうした有権者の情報収集のメディアの変化が石丸現象の背景にあるという解説である。

開票速報の後では、石丸氏のSNSを駆使した選挙戦術では「切り抜き動画」を拡散させる手法に注目した報道も相次いだ。7月13日(土)のNHK「サタデーウォッチ9」もその典型である。10分あまり特集した。

開票速報以降、石丸氏は7月7日(日)のフジテレビ「Mr.サンデー」の開票速報特番に生出演して、1時間以上も登場している。

7月11日(木)テレビ朝日「グッド!モーニング」では「もっと知りたいNEWS」として安芸高田市・石丸前市長を直撃インタビューに15分半あまり。

テレビ朝日「大下容子ワイド!スクランブル」では生出演して46分半あまり。7月12日(金)フジテレビの「オールナイトフジコ」には22分弱。

7月14日(日)のTBS「サンデー・ジャポン」では石丸氏が生出演し34分15秒間登場している。同じ日のフジテレビでは「日曜報道THE PRIME」に石丸氏本人が生出演して50分間、石丸氏の選挙戦術などを取りあげたほか、「ワイドナショー」では本人は生出演していないものの17分あまりも石丸氏の話題について放送している。

開票速報とその次の週末(土日)までの間で各候補別の放送時間を累計してみたのが【図3】のグラフだ。

「開票速報」や「開票日以降」の放送でも、2位に入った石丸氏と3位に沈んだ蓮舫氏との間で大きな逆転現象(つまり、石丸氏の話題が蓮舫氏の話題を大きく上回るような展開)があるのでは?と予想したが、実際にデータで見る限りはやや意外な結果になった。

開票速報の累計でも、開票翌日以降の週末までの間の放送時間の累計も、当選した小池百合子氏が2位以下を引き離しているのは報道の常として当然という扱いだが、2位になる得票を獲得した石丸伸二氏、3位の蓮舫氏の間には驚くほど扱いの差はない。石丸氏の予想外の健闘で、石丸氏を集中的に扱ったテレビ番組がすごく目立ったにもかかわらずである。

石丸氏の健闘で蓮舫氏が惨敗した印象が強かったが、数字で見る限り、蓮舫氏は開票速報でも、その翌日以降の1週間あまりでもそれなりに放送時間を割かれて報道されていたことがわかる。

【図2】と比べると、開票速報までは、扱いは現職の小池氏とそれに対抗して追い上げる蓮舫氏という構図で扱っていたことがわかる。それが【図3】では2位に入った石丸氏の方が蓮舫氏を若干上回るという傾向が見てとれるものの、さほど大きな差は開いていない。これは実際の票差を反映した程度の差だとも言える。

こうやってみると、テレビ報道は今回、石丸陣営がSNSを重視して若者層を中心にいくら支持を伸ばしていても、テレビ番組トータルではそこにあまり注目しているわけではないということだ。

もちろん石丸現象に注目した番組がいくつかあって、SNS時代の新たな選挙戦として特集したものの、それは先に挙げたようないくつかの番組群に限られていた。

よくも悪くもテレビは全体としての現実を反映するメディアで、まだまだ時代の最先端を先取りしたり、今後の影響まで先読みするところまでには至らず、結論的にはネット時代にあっては保守的なメディアといえるのだろう。「ネットでの地殻変動」を的確に捉えきれないメディアとしての限界もさらけ出したようにも感じる。

石丸氏は新聞やテレビなどの主要メディアが選んだ主要な4人の候補者の中には入っていた。このため、テレビ報道を見ていて彼について顔もまったく知らないという人はいないだろう。

主要な4人に入ってないのにネットで高く評価された安野候補

さて石丸氏については新聞やテレビなどの主要メディアが選んだ主要な4人の候補者の中には入っていた。このため、テレビ報道を見ていて彼について顔もまったく知らないという人はいないだろう。

ところが主要な4人の候補にも入っていなかったため、ほとんど無名でテレビでも扱われなかったのにネットなどで高く評価された候補がいた。

5位の15万票あまりを得た安野貴博氏だ。AIエンジニアでSF作家。東京大学工学部を卒業後にAI関連のスタートアップを複数創業した人物だという。

この人も石丸氏同様に知事選の後になってテレビなどの出演が急増している。AI技術を活用した参加型民主主義の実現を訴えて選挙戦を闘い、安野氏のマニフェストを学習した「AIあんの」が24時間有権者からの質問に答えるようにするなどテクノロジーを駆使した新しい選挙活動が一部で注目を集めていた。

選挙後に新聞社やテレビ局などに「なぜ選挙期間中に安野氏の主張を詳しく報道しなかったのか」という苦情が寄せられたという。

7月9日(火)のTBS「news23」では安野氏が生出演して、AIを活用した新しいかたちの選挙に注目して報道した。都知事選で「テクノロジーで誰も取り残さない東京をつくる」を掲げた安野氏は「(選挙戦で)テレビには0秒しか出られていない」とテレビや新聞の「時代遅れ」を指摘している。13分あまり。7月13日(土)の「情報7daysニュースキャスター」でも8分半ほど。

「TVメタデータ」を元に都知事選での安野氏の奮闘ぶりを強調して詳しく報道したと筆者が判断できる番組を筆者が独自に集計したところ、1時間4分20秒になった。

開票翌日以降での放送ではとても注目される扱いだ。しかし、これも【図3】の田母神俊雄氏の開票翌日以降の総計4時間50分に比べると、まだとても多いとはいえない数字でもある。

そういう意味では今のテレビ報道は事前に主要な候補を絞り込んでしまう弊害が際立っていることがはっきりした2024都知事選だった。テレビや新聞が絞った4人の主要候補。どこで、どのように「線引き」をしたのか。なぜ安野氏は入らなかったのだろうか。

7月24日(水)のテレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」にも安野氏本人が生出演して金も組織もない中でポスター貼りなどの作業にデジタル技術を使ってボランティアを動員してゲーム感覚で実現させた舞台裏を明かした。

こちらは筆者の測定では16分近くあった。こういう選挙活動を実現する人が候補者としてどんどん登場すると、選挙そのものが面白くなるし報道そのものが活性化していくことになる。

今後のテレビの課題としては、告示前や選挙期間中などに今回の石丸氏や安野氏のような旋風をテレビが報道機関として把握・予知して、それを選挙報道にどのように加味していけるのかになってくる。

もしもネットの動きとして注目すべき候補として浮上した時にそれをどのように選挙期間中などの報道に反映させていくのか。反映させるならばどのようにするのか。主要な候補の中に入れていいのか。これまでのように主要政党の支持や支持母体などの票読みを中心にして各陣営の票を積み上げるような旧来型の選挙報道では早晩そのうち大きく読み間違える事態が起こりうる。

そういう意味ではテレビ各社が今回の「想定外」をどこまで反省して今後の教訓にしているのかは大きな課題だ。次はSNSの影響などを読み間違えずにより新しい有力候補を事前に提示していけるのだろうか。それとも従来通りの選挙報道を踏襲するだけなのだろうか。そうした岐路に立たされている現状を浮き彫りにした、今後への宿題ばかりが多い2024都知事選だった。

<執筆者略歴>
水島 宏明(みずしま・ひろあき)
1957年生。東京大学法学部卒。
札幌テレビ、日本テレビで報道記者、ロンドン・ベルリン特派員やドキュメンタリーの制作に携わる。生活保護や派遣労働、准看護師、化学物質過敏症、原子力発電の問題などで番組制作をしてきた。
「ネットカフェ難民」という造語が「新語・流行語大賞」のトップ10に。またドキュメンタリー「ネットカフェ難民」で芸術選奨・文部科学大臣賞を受ける。
2012年より法政大学社会学部教授、2016年より現職

【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版(TBSメディア総研が発行)で、テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。2024年6月、原則土曜日公開・配信のウィークリーマガジンにリニューアル。

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