103万円の壁、目的は「壁解消」なのか、「減税」なのか【播摩卓士の経済コラム】
TBS NEWS DIG Powered by JNN / 2024年11月16日 14時0分
存在感の高まった国民民主党が求める、いわゆる「103万円の壁」問題が、経済政策の当面の最大の焦点になっています。「103万の壁」という言葉が広く知られるようになった反面、この言葉の持つ曖昧さが、逆に、政策の目標と手段を見えにくくしています。
103万円は厳密には「壁」ではない
すでに当コラム「引き上げなるか、103万円の壁」で述べたように、年収が103万円を超えて所得税がかかるようになっても、超えた分だけが課税対象になるので、手取りが逆に減るということは起きません。社会保険料による「130万円の壁」とは全く異なります。
103万円で「壁」と言えるのは、大学生など親の扶養家族になっている人が年収103万円を超えると、親の扶養控除がなくなってしまい、親の税金が増えてしまう問題です。大学生と話してみると、時給の上昇もあって、これによる働き控えは結構あって、親から「103万円以下にしてくれ」と言われているという学生が多くいました。
扶養控除の適用要件の拡大検討を
この厳密な意味での「壁」を解消するには、国民民主党が主張する基礎控除の大幅拡大が絶対必要というわけではありません。扶養控除の適用要件を、今の「被扶養者が年収103万円」から、例えば130万円などに引き上げれば良いだけの話です。
現に、配偶者控除については、配偶者特別控除という制度によって、年収が103万円を超えても150万円までは、その配偶者は満額、控除を受けられる仕組みになっています。
実は、すでに、勤労学生控除という制度があって、年収103万円を超えても、これを申請すれば、プラス27万円、つまり年収130万円までは、働いている学生の所得税が免除される仕組みがあるのです。
勤労学生控除は、学生の所得税に関してだけで、親の扶養控除には恩恵が及ばないのですが、例えば、この制度を利用して、子どもが勤労学生控除を受けている場合には、親の扶養控除が満額受けられるように制度を改正すれば、比較的簡単な制度改正で壁は解消されます。
基礎控除引き上げは所得税減税のあり方として議論を
もちろん、上記の案は、基礎控除の拡大が必要ないと言う意味ではありません。基礎控除の拡大は、所得税減税の1つとしてしっかり検討するべきです。
そもそも基礎控除は、生活に必要な最低限の所得には税金を課さないという考え方に基づく控除です。それに給与所得控除をあわせた課税最低限が103万円となっています。それが1995年以来、一度も引き上げられていないことは、この間がデフレの時代だったことを差し引いても、税制改正上の怠慢と言われても仕方ありません。この間、実質的な増税が行われて来たわけです。
国民民主党は、この課税最低限を一気に1.73倍の178万円にまで拡大するよう求めています。ただ、この間の物価上昇率は1.1倍から1.2倍といったところです。このため課税最低限の拡大は、113万円から120万円位が妥当だというのが、多くのエコノミストの見方です。これならば、国民民主党案で7.4兆円とされる必要な財源も、1兆円台で済む計算になります。
高所得者には控除拡大しない方法も
基礎控除を拡大すると、すべての所得層に影響が及びます。つまり税率の高い高所得層ほど、減税額が大きくなるという問題が生じます。従って、今回の基礎控除などの拡大にあたっては、高所得者の控除は拡大されないように制度設計する必要があるかもしれません。それによって減収幅もかなり抑えられるはずです。
現在も所得が2500万円を超えると基礎控除はゼロになっており、一定の所得層以上は基礎控除拡大を適用しないようにしたり、所得層ごとに上限がある給与所得控除をうまく組み合わせたりすることで、対応は可能なのではないでしょうか。
経済対策としての所得税減税も議論を
政府は、当面の物価高対策を盛り込んだ経済対策の取りまとめを急いでいます。その中では、低所得者への支援として、住民税非課税世帯に3万円の給付金を支給する方向です。
しかし、たびたび指摘しているように、住民税非課税世帯は大半が高齢者世帯であり、それだけでは、税金や社会保険料を納めている現役世代の低所得者が、支援の対象から抜け落ちてしまうのです。急速な物価高に賃金上昇が追いつかない、働く世代の家計への支援は消費をこれ以上落ち込ませないためにも、必要なことです。
所得税の減税は、その手段としても有効なはずです。国民民主党の問題提起を受けて、所得税減税のあり方の1つとして控除拡大を議論すべきなのです。
政府も日銀も2%の物価上昇が続く世界を目指しているのですから、補助金で物価を抑える政策から、物価の上昇を前提に、それに追いつけない家計を支援する政策に、転換すべき時ではないでしょうか。
中期的には、課税最低限の問題だけでなく、所得税の税率の刻みの議論も必要です。税率の境界線がずっと据え置きでは、インフレの時代には、こちらも実質増税になるからです。
世論の関心も高まった、折角の「103万円の壁」問題。目的と手段を整理した上で、今後の経済政策や所得税制税のあり方の議論にもつなげていくことが必要です。
播摩 卓士(BS-TBS「Bizスクエア」メインキャスター)
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