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プラスマイナスゼロで「土に生きる」 農的生活を実践する歌手・加藤登紀子さん【Style2030】

TBS NEWS DIG Powered by JNN / 2024年12月29日 11時0分

TBS NEWS DIG

SDGs達成期限の2030年に向けた新たな価値観、生き方を語る今回の賢者は歌手の加藤登紀子氏。多くのヒット曲を世に送り出してきたかたわら、SDGsという言葉が生まれるもっと前から環境問題に取り組んできた先駆者でもあり、国連環境計画(UNEP)の親善大使として世界各地の環境問題を抱える現場を訪れた。都市部に暮らしながら農村に通って「土のある生活」を楽しもうという農的生活の実践を提案している加藤氏に、2030年に向けた新たな視点、生き方のヒントを聞く。

「平等は一律ではない」。ケニアで知った水問題の実態

――賢者の方には「わたしのStyle2030」と題して、話していただくテーマをSDGs17の項目の中から選んでいただいています。加藤さん、まずは何番でしょうか?

加藤登紀子氏:
はい。10番目の「人や国の不平等をなくそう」。

――この実現に向けた提言をお願いします。

加藤登紀子氏:
はい。「平等は一律ではない」ということを知っておこう。平等にしましょうよ、差別がないようにしましょうよってどういうことかというと、それぞれの地域の状況を認めるということなんです。尊重するということであって、一律の価値を押し付けることではないと。

――押し付けの価値観や制度、待遇が実は解決に至っていないということですね。

加藤登紀子氏:
そう。私は環境問題の専門家では全然ないんですけど、2000年から10年間、UNEPの親善大使でした。このUNEPが生まれたのは1972年なんです。72年に成長の限界っていうのが世界に発信された。これ以上私達が地球資源を消費するというか経済成長を求めたときに限界が来るよっていうのが発信されたときに、地球をもっとちゃんと観察しておかなくちゃいけないっていうので、国連環境計画ができたんです。SDGsという言葉、割と最近ですけど、大変だねって言い出したのは50年以上前だったということをまず頭に置いてほしいんです。

UNEPの活動で15カ国ぐらい行きました。2002年に南アフリカでWSSD(持続可能な開発に関する世界首脳会議)のワールドサミットっていうのがあったんです。水問題。ODAでアフリカの環境を改善するために、水道事業に日本が力を入れていたんです。水道事業が実施されたために、その地域の自治体が非常に豊かになったと。水道代も入ってくるし、いろんな意味で経済発展の良い機会になりましたと。
 
朝起きると1時間ぐらい山を越えて水場まで水を汲みに行くという苦しみから女性を解放するための水道事業ですよね。ところが、女性達が管理していた水場が全部水道事業の人に行ってしまったので、「私達からは水がなくなりました」という話。
 
お金を持っていて、都市に住んでいる人が優先的に考えられている。そうすると、水源地にいる人たちは水を奪われる。その管に乗った水は都市に行って、水道で飲まれる。でも、お金が払えない人も都市にいっぱいいるんです。アフリカの場合ね。だから、水道事業がつぶれちゃうわけです。

UNEPの本部はケニアにあったので、ケニアでいろいろ見ました。ドイツが支援した水道事業がありました。訪ねていったら、もう退散直前。なぜかというと、水道料が払える人がいない。
 
もう一つは、同じ場所で日本の資金提供で作られた下水処理場。ナクル湖っていうフラミンゴのいる美しい湖のほとりなんです。汚染水をきれいにしてナクル湖にそのまま戻すという理想的なプロジェクト。ところが何が起こっていたか。汚染水がない。汚水処理場を作ったけど、汚水すらないほど水が枯れている。いろんな意味で私達が考える規模の下水処理場とか浄水場とか、水道事業も立ち行かない。実態に合わない。
 
あらゆる人にひねれば水が出るっていうふうにするのが平等。でもそうじゃなくて、実態は頭に桶とか水壺とか乗せてダンスしながら水場に行って、井戸端会議。「水を運ぶのはつらいですか」って聞くと、「そりゃあ大変よ。でもね、楽しいのよ」って。水道の方がいいでしょって言っている人はいるけど、そうとも言えない。それが一つのコミュニティだから。
 
家事、農業、食の問題、全部女に任せておきながら、その会議のテーブルには女性がいない。そこが大問題だっていうことになって、それが多くの国に言えるとは思うんですけどね。水問題を考えるときに、今までどうやってここの人たちが暮らしてきたのかっていうことは、ちゃんと見ないといけない。必ずその人にとって何が大事か、その人にとってどういう事態が起こっていて、どうするのが本当の解決か、それを丁寧に見ていってほしいなって切に願っています。

――今私達がSDGsの視点に立ち、できることは何でしょうか。

加藤登紀子氏:
日本でも決定権を持っている人が東京都のビルの上にしかいないのは気に入らないんですよ。あなた本当に日本の端の端まで行ったことありますか?私は自慢じゃない、自慢ですが、やっぱり本当に行ってるんですよ。日本中全部は無理です。ただ地域としては、大体訪ねたことがあるということは、すごく心を豊かにしてくれています。だから、ぜひ皆さん「♪知らない街を 歩いてみたい」。それですよ。いろんな意味で他地域を歩いてください。違う暮らしをしている人たちの暮らしを知ってほしいです。

――では、ここで加藤さんにとっての原動力、活動の源になっていることについて伺います。

加藤登紀子氏:
これは私の部屋というか、仕事部屋。ここで体操をしたり、曲を作ったり、ミーティングをしたり、リハーサルも少し。何でもここでやっちゃうんです。後ろにあるのは80年代にこの部屋を作ったころに集めていた本です。

――曲を作っていくとき、どんなことが頭に浮かぶんですか。

加藤登紀子氏:
コロナのパンデミックで緊急事態になったころ、途方に暮れて突っ伏して泣きたいぐらいの日っていうのはやっぱりありました。そういうときが曲が生まれるとき。ごまかさないで自分の心の途方に暮れている自分を見るっていうんですかね。一歩を踏み出すために私は歌を作ってきたっていう気がします。

60周年なんです、歌手。81歳になるんです、今年。「『さ・か・さ』の学校」っていう本を書いたんです。1年に一遍誕生日が来て、また新しい私がっていうのは砂時計をひっくり返すみたいなもんじゃない。
 
世の中なんかちょっと淀んでるのは、逆さにするのを忘れてるからだって。砂時計を逆さにするような意味で、常識をちょっとだけ逆さにして考えてみたいっていう。そうしたら編集者が帯に「81歳。ひっくり返せば18歳!」っていうキャッチコピーを考えてくれて。今、わくわくして。もうすぐ18歳になっちゃうな。
 
10年後は19歳になる。今までは80ぐらいまでは一応ビジョンがあったけど、その先は面倒くさいなと思ってたんですけど、「逆さにすると19歳」って10年後に言いたい。10年かかって1歳年取るってちょっといいですよね。

サステナブルの原点は家事。二元生活で自給型農業も

――続いてお話していただくテーマですが、加藤さん何番でしょうか?

加藤登紀子氏:
8番。「働きがいも経済成長も」。そこにはちょっと落とし穴が隠れてる。SDGsと言いながら、成長の目標みたいなものを掲げてるじゃないですか。目標を掲げてるっていうことと、サステナブルっていうことと、私は基本的に矛盾してると思う。サステナブルっていうことは成長しないということなの。極端に言うと、循環して循環して、常にゼロでやるというのが本当のサステナブルなんですよ。私が思うSDGsはサステナブルであって、ゴールに到達するのではない。

――実現に向けた提言をお願いします。

加藤登紀子氏:
私の生き方は「土に生きる」。提言です。土に生きるということは常に咲いたり枯れたり、季節を循環して成長はする。しかし、それは育って終わるとか、誰かが食べるとか、ゼロに帰してまた復活というプラスマイナスゼロなんで、それが「土」という字なんです。

必ずやった結果が利益に繋がらなきゃいけないとか、1年に成長率が何%でしたかとか、何かしら上昇しなければならない、結果を得なければならないっていう固定観念を捨てないといけないんじゃないかというのはちょっと思うんですよね。
 
サステナブルっていうことがわかりやすいのは、家事だと思う。一生懸命ご飯作るじゃない、食べて、もうお茶碗洗ってるでしょ。作った成果はお腹に入れて終わりで、また作るじゃない。ゼロに帰することが素晴らしいことなの。洗濯をして、乾いたと思ったらまた次が。要するに際限なく続くんです。これがサステナブルっていうこと、本当はね。サステナブルっていうことを時代の先端の目標にするんだったら、ぜひ家事をしてください。
 
家事は何かというと人間が命を耕していることなの。生きるためにしてることなんですよ。食べて排泄して、眠って。これがサステナブルの原点です。その家事をずっとため息をつきながらもこなしてきたので、私は結構自信があるんですよ。生きることに自信がある。家事をするということがいかに自分を鍛えてくれるか、自分の生きるということを教えてくれる。だから家事っていうのがサステナブルを理解するのにいいと思うんです。
 
フランス革命の指導者だった人が本当に価値を生み出す力を持っているもの、それは土であると。土は何かというと、つまり命ですよね、有機物の塊ですから。そこに種を植える。太陽の光で緑が育つ。これはすごいことなんです。ゼロから物を生み出す瞬間なんですね。
 
その後、産業革命で生産、生産、生産って言ってきた。生産っていうのは何かっていうと、材料を持ってきて、機械とかエネルギーを投入して形を変化させているだけで、ゼロから物を産んでいるわけじゃないんですね。だから機械化されたものっていうのは、エネルギーを必要とするわけで、コストがかかるわけで、そうすると利益を得なければならないっていう。

農業も今、いわゆる産業社会の一つとして農業と言われると、うちも農場やってるんで、「どうしてるんですか」と聞かれて「うちで食べてます」って言うと、「は?」って言われます。自給型の農業があってもいいんです。たくさん採れるとみんなで分け合って食べてます。
 
収穫が良かったり悪かったり、収穫時期に全部鳥が来て食べてしまいましたとかいろいろあるから、収穫の額は一定してないんですよ。今の農業っていうのは、業という名前がついたときに厳しいのは、一定量を生産できないと駄目なんですよ。認められないんですね、農家として。1年に何トン出荷できますか、それが義務づけられるのが今の農業なんですね。
 
だから、今大変ですよ。全部同じ大きさでなければならない。畑に行けばわかるよって、全部同じ大きさじゃないのよ。同じとき収穫したって、大きさが違う。スーパーマーケットに並んでる野菜を眺めると、あなたたち一体どうしちゃったのみたいな。
 
自給型の農業をする人がもっと増えてもいいし、今東京の生活とか現金収入を得る労働を全部やめるわけにはいかないので、両方やればいいじゃないかっていうのはずっと私も私の娘たちも言っていて、こんなに食料不安が起こったりすることがあるようだったら、田舎はどんどん空き家になって、畑も田んぼも作り手がいなくなってるわけなんで、ぜひ二元生活をしたらいいと思うんですね。

人間の体の中は土とそっくり。歴史の長い国から学ぶ

東京のほかに加藤氏が生活の拠点を置くのが千葉県鴨川市にある「鴨川自然王国」。夫の藤本敏夫氏が40年以上前に設立し、都市部の住民が農村に通い、循環型農業を実践するというライフスタイルをいち早く提案した。2002年に夫が亡くなった後は、加藤氏が引き継ぎ、現在は次女で歌手のYaeさんとその家族が中心となって運営している。
 
定期的に行われるイベントでは鴨川の里山で育てられた野菜や穀物などが販売され、都市部や地元から集まった人々が、産業化されていない自給型農業の成果を楽しむ。鴨川の山深い場所にも関わらず、様々な人が自由に集まり、フェスさながらの雰囲気で収穫の喜びを分かち合う。鴨川自然王国の取り組みを通して加藤氏が伝えたいこととは。

加藤登紀子氏:
私がよく言ってるのは「あなたが土ですよ」って。つまり人間の体の中は土。そこに食べ物が入って、酵素とかバクテリアが消化してエネルギーに変えてくれたり、活動してるんですよ、体の中って。それは土の中の活動とよく似ている。結局は命として生きてる限り私達は土のようなものです。土なんか関係ないよって言っても、あなたの体の中は土とそっくりなんです。
 
自給率を上げる一番の近道は自炊ですね。自分で料理をするんですよ。わかっているものを知っている人から買う。自分でご飯を作って食べてみると、サステナブルっていうことも、体が土なんだっていうことも何となく体感できるんじゃないかな。

――我々はサステナブルの原点に戻らないといけないんだということを教えていただきました。

加藤登紀子氏:
この番組もSDGsっていうことなんですけど、表題の立て方みたいなものが、やっぱり目線が経済成長という先進国的な位置にいる目から見ているところがあって、発信する場所が高い目線で言っているっていうのがちょっと気になるな。
 
Developing country、途上国という言葉はそろそろ使うのはやめた方がいいかな。今私も会話の中で使っちゃってるけど、アフリカとかアジアとかDeveloping countryと言われているところは歴史の長い国なんです。歴史の長い国と歴史の短い国が今、せめぎ合ってる。アメリカは最も歴史の短い国と言ってもいいんだけど、歴史の短い国は問題を単純化しやすいじゃないですか、概念的にも。そこから出てきた理屈っていうのが、一律か一つのセオリーで全世界を一つにしようとするみたいな。
 
100年、200年を振り返ると先進国ばっかりが活躍してきた歴史になるんだけど、それより前はもっとアジア、アフリカが原点だったりしてるでしょ。もっともっと古い時代からの人間が培ってきたもの、歴史の長い国から学ぶっていうのは環境問題の中では必要じゃないかなって思います。

(BS-TBS「Style2030賢者が映す未来」2024年12月15日放送より)

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