現金派はキャッシュレス派より試し買いをためらいがち!?~TBSの専門家が分析「データからみえる今日の世相」~【調査情報デジタル】
TBS NEWS DIG Powered by JNN / 2024年12月28日 7時30分
早いもので、2024年ももうお終いの12月。昔の呼び名では「師走(しわす)」で、年末になるとお坊さんやら、神主さんやら、偉い人が走り回るほど忙しくなる月だからなどといわれつつ、諸説あり。
12月を師走と呼んだ江戸時代、年末の大晦日はお金の算段が大変になる日だったようです。それは当時、物を売ったり買ったりの商取引が「掛売(かけうり)」という方式だったから。
掛売について、『日本歴史大事典』(小学館)にこう説明されています。
掛売は信用取引のうち広義の延取引に含まれ、この取引は(略)小売商と現金をもつ機会の少ない農民や職人との間の日常品売買でも行われた。売主は取引商品とその売掛金を取引ごとに大福帳(だいふくちょう)に記載し、通常盆暮れの決済期に買主に対して(略)代金の支払いを請求した。
ちょっと難しいですが、ふだん買い物をするときにいちいち現金のやり取りをせず、売り手がそれを大福帳という帳簿に記録しておき、後でまとめて請求するというのが掛売。その請求タイミングがお盆と大晦日でした。
古典落語の『掛取万歳』に、大晦日の借金を取り立てる人と逃れたい借り主の、ユーモラスなやり取りが描かれています。年の瀬に繰り広げられる、お金をめぐる非常に人間くさい営みは、落語にして笑い飛ばさないとやってられないものだったのかも。
「ふだんの買い物でいちいち現金を支払わない」というのは、まるで今どきのキャッシュレス決済のよう。
今年50代後半に突入した筆者などは、大学に入るまでクレジットカードというものを知りませんでしたが、今どきはクレジットカードは言うに及ばず、スマホをかざしてお終いというのも当たり前。
そんなお金の支払い方について、実は興味深いデータがあるのです。
ターニングポイントは2018年
TBSテレビをキー局とするテレビ局のネットワーク「JNN」が、毎年実施しているTBS生活DATAライブラリ定例全国調査(注1)。
その中に、「買い物の仕方や態度」についてあてはまるものをいくつでも選んでもらう質問があり、2006年から以下の2つの選択肢が入りました。
・買物をするときはカードで決済することが多い
・買物をするときは現金で支払をすることが多い
しばらくこれらが使われた後、カード決済の選択肢を19年に「クレジットカードなどのキャッシュレスで決済することが多い」、21年に「電子マネーやクレジットカードなどのキャッシュレス決済が多い」と変更。ここでは、こうした一連の選択肢の該当者を「キャッシュレス派」、もう一方を「現金支払派」と命名することにします。
さて、キャッシュレス派と現金支払派、どちらがどれくらいいるかを時系列で集計したのが次の折れ線グラフです。
なお、こどもと大人ではお金の使い方が当然違うので、これ以後の集計・分析では20歳以上を対象にしています。
これを見ると、06年では過半数が現金支払派で、キャッシュレス派は2割強。日本では1961年に登場したクレジットカードが数十年かけて浸透していて、現金派が減少、キャッシュレス派が増加の一途で推移。
そこへQRコード決済サービス「PayPay」が100億円還元キャンペーンを引っさげて登場したのが18年。これが潮目になったか、両者は18年に拮抗、19年にキャッシュレス派が現金支払派を逆転。
20年に両者の差がグッと開いて、現在はキャッシュレス派が過半数。外出自粛のコロナ禍に、自宅で決済できるキャッシュレスが加速したのかも。
受け容れる40代、やはり現金の60代
ここに来て多数派を占めているキャッシュレス派。今や4人に1人となった現金支払派と、年代構成を比べてみたのが次の帯グラフです。参考に、回答者全体と「どちらでもない」人も加えました(注2)。
回答者全体での割合と比べると、キャッシュレス派では40代が最多で3割弱、60代が最少で1割強となっています。
現金支払派だとこれが、40代・50代・60代がいずれも2割強で横並び。しかし、60代は全体での構成割合が2割を切っていることを考えると、むしろ60代は現金支払派で存在感を出している感じ。
その昔、キャッシュレスと言えばクレジットカード一択。カード一枚で結構な金額が動かせるのは、むしろ現金より安全といえます。そうしたカードを作るには勤め先や収入などの審査があり、かつては単なる決済手段以上に社会人としての「格」の象徴だったような印象もあり。
そういう印象が頭にあると、カードというのはここぞという高額品の支払いで使うもので、ふだんの買い物なら現金で十分、となる気もします。
そこに登場したのが、QRコード決済に代表される今どきのキャッシュレス。みんなが毎日手にするスマートフォンを使うのがポイントで、いちいち小銭を出すのが面倒な日用品の買い物こそ大活躍。
「これは便利」と受け容れているのが40代を中心とするキャッシュレス派で、「むしろ面倒」と敬遠しているのが60代を中心とする現金支払派、という構図でしょうか。
キャッシュレスを受け容れる「前向きさ」「腰の軽さ」
キャッシュレス派と現金支払派では、買い物についての考え方や行動に差があるかもしれない――。
そう考えて、TBS生活DATAライブラリ定例全国調査の「買い物の仕方や態度」質問への回答を両派で比べてみると、両派共通のものや一方で特徴的なものが見受けられました。
それらについて、参考で加えた回答者全体での選択率順に並べたのが次の横棒グラフです。
両派共通なのは上位2項目の「古いものでも使えるうちはがまん」と「物価安定でも節約」。両派とも7割の選択率で、堅実な生活態度がうかがえます。
一方、キャッシュレス派の6~7割が「ポイント、マイレージ好き」「ネットの買い物に不安なし」「バーゲン好き」で、ネットでお得に買い物することが信条のようで、現金支払派の4割程度とは大きな差。
他方、現金支払派の6割程度が「新奇なものは買わない」「不要なものも買わない」「新規店にも行かない」と超保守・超消極的姿勢で、やはりキャッシュレス派の4割程度と大きな差。
新たな決済手段を受け容れる「前向きさ」や「腰の軽さ」の程度が、両派の買い物の仕方を特徴づけているようで興味深いところです。
怪しいけれど、使わないと損
インターネットやスマートフォンの普及を背景に、新しい技術を使った新しい決済方法が登場。こうなってくると、キャッシュレス派と現金支払派では、インターネットについての考え方にも差があるのかも――。
そこで、「買い物の仕方や態度」質問と同様に、TBS生活DATAライブラリ定例全国調査の「インターネットやSNSについての意見」質問への回答を両派で比べてみました。その結果が次の横棒グラフです。
まず目につくのは、キャッシュレス派の6割が「ネットやSNSは生活の一部」としている点で、現金支払派の4割を大きく上回っています。
また、ネットやSNSについて「使わないと不利」「テレビや新聞にない情報が得られる」などもキャッシュレス派で多く、それぞれ現金支払派と10ポイント以上の開きがありました。
一方、どれもキャッシュレス派の選択率のほうが多いものの、「SNSの実名登録に抵抗感」「ネットやSNSが大好き」「ネット・SNS情報はすぐには信用できない」は両派とも3~4割程度と、大体同じくらいでした。
両派とも、実名登録などのプライバシーや、流通する情報の信頼性に一定の懸念を抱く人が存在。その上で、キャッシュレス派は「使わないと不利になる」との思いから、積極的・能動的にインターネットやSNSを使おうとしているように見受けられます。
江戸でも令和でも変わらないこと
冒頭に紹介した江戸時代の「掛売」から数百年。日々の買い物でいちいち現金を使わない暮らし方が、キャッシュレス決済となって再び復活しつつある今日の日本。
経済産業省は、23年発表の「キャッシュレスの将来像に関する検討会」とりまとめで、キャッシュレス推進の社会的意義を以下のように説明。
「人々と企業の活動」に密接に関わる「決済」を変革することで、現金決済に係るインフラコストの削減や業務効率化・人出不足対応等の既存の課題を解決し、データ連携・デジタル化や多様な消費スタイルの創造など、新たな未来を創造するものと捉えています。
新たな技術を活かしたキャッシュレス決済の推進で、先行きにはいろいろいいこともあるのかも知れません。
ただし、どれだけ技術が進んでも「買い物をしたらお金を払わなければならない」ことは江戸時代も今も変わりありません。
江戸でお金といえば、「江戸っ子は宵越しの銭は持たぬ」という言葉もあって、「江戸っ子は得た金をその日のうちに使ってしまって、翌日に持ち越すようなことはしない」(『故事俗信ことわざ大辞典』小学館)とか。
日々の払いと掛売がどう両立していたのか、詳細は不明ですが、もしかしたら、江戸っ子が気前よくツケで結構な買い物をしていて、大晦日に大変苦労していたのかも知れませんね。
注1:TBS生活DATAライブラリ定例全国調査は、TBSテレビをキー局とするテレビの全国ネットワークJNN系列が、毎年11月に実施する大規模ライフスタイル調査で、男女13~69歳を対象にしています。今回分析した首都圏データはTBSテレビの担当分で、東京駅起点30km圏(東京・千葉・埼玉・神奈川)在住者が対象です。
注2:キャッシュレス派と現金支払派の両方の選択肢を選んだ人が3人いましたが、個別の集計・分析からは除外しました。
引用・参考文献
朝尾直弘ほか編(2000)『日本歴史大事典』第一巻 小学館.
経済産業省ウェブサイト 2024年12月22日閲覧.
北村孝一編(2012)『故事俗信ことわざ大辞典』第二版 小学館.
<執筆者略歴>
江利川 滋(えりかわ・しげる)
1968年生。1996年TBS入社。
視聴率データ分析や生活者調査に長く従事。テレビ営業も経験しつつ、現在は法務・コンプライアンス方面を主務に、マーケティング局も兼任。
【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版(TBSメディア総研が発行)で、テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。2024年6月、原則土曜日公開・配信のウィークリーマガジンにリニューアル。
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