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SNS駆使で無名の泡沫候補が首位に!ロシアが介入か~ルーマニア大統領選が欧州諸国に与えた衝撃~【調査情報デジタル】

TBS NEWS DIG Powered by JNN / 2025年2月1日 8時0分

TBS NEWS DIG

去年11月のルーマニア大統領選は、無名の泡沫候補(写真)が得票率1位に躍り出るというまさかの結果に。SNSを駆使した選挙戦がもたらした大波乱だが、その裏でのロシアの関与が疑われ、憲法裁判所が選挙のやり直しを命じた。こうした混乱は、周辺の諸国にも衝撃を与えている。MBS記者でJNNパリ支局の仁熊邦貴支局長が報告する。

得票率1位になった候補に多くの市民が「えっ、誰?」

去年11月24日にルーマニア大統領選挙の1回目の投票が行われた。これまでほぼ無名の存在だった極右のカリン・ジョルジェスク氏が得票率23%で最も票を集めて決選投票に駒を進め、本命視されていた与党・社会民主党のチョラク首相は得票率19%で、まさかの3位に沈み敗北した。

選挙の1か月ほど前に実施された多くの世論調査では、支持率が1%にも満たなかったジョルジェスク氏が、現職の首相を破るという結果に、ルーマニア国内では動揺が広がった。

選挙結果が伝えられると、多くのルーマニア人は「えっ、誰?」と口にしたという。

ブカレストに住むシギナシ・ミハエラさんも、その一人だ。多くのルーマニア人はジョルジェスク氏のことをほとんど知らなかったというのだ。シギナシさんは「みんなパニックになっていて、テレビや新聞の報道では見たことがない人だった」と話す。

選挙期間中、国内の主要メディアは、1回目の投票で2位になった野党の党首や敗北した現職の首相らを取り上げていたが、泡沫候補だったジョルジェスク氏についてはほとんど報道されていなかったという。

しかし、若者の間では知られた存在だったようで、シギナシさんが友人から聞いた話では、子どもがTikTokでジョルジェスク氏のことを知っていて、選挙戦終盤になると、次々とスマホの画面に登場してきたというのだ。

すい星のごとく現れたジョルジェスク氏とは?

ジョルジェスク氏とは一体、どんな人物なのか?

地元メディアによると、肩書は大学教員で、政党に所属しない親ロシア派の極右などと伝えていて、投票前の段階では、それ以外の正確な情報はほとんど分かっていなかった。

選挙活動は大規模な支援集会は開かず、ユーチューブやTikTokなどのSNS上で選挙戦を展開。とりわけTikTokで短い動画を投稿して主張を展開している。「ルーマニアファーストで反EU・反NATO」などを掲げ、ウクライナ支援については「明確に反対だ」と強調し、ロシア寄りの主張を展開した。

TikTokはルーマニアで最も人気のあるSNSの一つで、人口およそ1900万人のうち、およそ900万人が利用しているという。選挙期間中、ジョルジェスク氏のフォロワーは急増し、60万超に達した。

投稿内容は、政治的主張だけにとどまらず、柔道の投げ技を披露したり、民族衣装を着て白馬に乗ったりする映像(冒頭の写真、本人のYouTubeより)など多彩で、ロシアのプーチン大統領を彷彿とさせた。

そして驚いたのは、その反響の大きさだ。投票日の2週間前にはTikTok上でハッシュタグにジョルジェスク氏の名前が入った関連動画が世界トレンドランキングの9位に入り、視聴回数は数億回に達したという。

背後にロシア?1回目の選挙結果が無効に

1回目の投票から10日後、事態は一変した。ルーマニア情報機関の機密文書が突然公開されたのだ。

機密文書を確認すると、合計800万人のフォロワーを持つインフルエンサー100人以上が資金提供を受けて活動し、TikTokなどのSNS上でジョルジェスク氏の宣伝を行ったという。報酬としておよそ5700万円が支払われたとされる。

さらに、休眠状態だった2万件以上のアカウントが選挙前になって急に活発化し、ジョルジェスク氏を支持していたとも指摘している。

ルーマニア情報庁は、ジョルジェスク氏のSNSを駆使した選挙戦は「国家主体によって行われていた」とロシアの関与を示唆している。

地元メディアなどによると、ジョルジェスク氏は一連の問題について関与を否定しているというが、ルーマニアの憲法裁判所は「デジタル技術の不透明な利用により有権者の投票が誘導され、候補者同士の平等な競争が歪められた」として、選挙結果を無効にするという異例の判断を下した。大統領選挙は、候補者選定のプロセスからやり直されることになった。

選挙「無効」に、ルーマニア人は意外な反応

選挙がやり直されることについて、ルーマニア人に話を聞くと意外な答えが返ってきた。

「選挙をやり直しても、もしかしたらジョルジェスク氏が勝つかもしれない。正直、投票したい人が誰もいない」
「ジョルジェスク氏の主張は過激だが、動画での演説は饒舌で引き込まれてしまう」

ルーマニアは貧困の危機にさらされている人口の割合が、EU加盟国の中で最も高い国で、平均収入もEU圏内では低く、物価上昇への対応などが大統領選の争点の一つでもあった。

今回の機密文書には、投票データ自体が改ざんされたとは書かれていない。つまり、投票直前にSNSでの動画などに影響された人がいたとはいえ、多くの有権者がジョルジェスク氏に一票を投じたのは紛れもない事実だ。既存政党や政権への不信感が投票行動につながったともいえる。ジョルジェスク氏は今回の選挙結果の無効について、民主主義を攻撃するクーデターだと主張している。

次のやり直し大統領選挙は5月に1回目の投票が行われることになっているが、最近のルーマニアのテレビ番組で、地元の市長が最新の世論調査の結果として、ジョルジェスク氏が40%近い支持を得ているなどとデータを披露している。次の選挙に立候補できるかは不透明だが、同じ結果になるのではないかと報じる地元メディアもあり、予断を許さない状況は続いている。

欧州各国に衝撃を与えた“SNSによる選挙戦”

今回のルーマニア大統領選の投票結果はヨーロッパ各国に衝撃を与えたといえる。

ルーマニア大統領選の1か月前に実施されたモルドバの大統領選挙でもSNSによる「大がかりな選挙運動」があったとされていて、ロシアの介入が指摘されている。

結果的に親ロシア派の候補は敗れはしたが、モルドバ当局はおよそ60億円が有権者にばらまかれたと発表している。

ルーマニアとモルドバは、ウクライナと国境を接する支援国で、仮に親ロシア派が政権を握るとEU全体としてのウクライナ支援の枠組みが揺らぐ事態に発展する恐れがあった。

周辺国をみると、ルーマニアの隣国ハンガリーは右派政権でウクライナへの軍事支援には反対、スロバキアも親ロシア派の首相だ。

今回の選挙でロシアの介入があったとするなら、ハイブリット攻撃の一環だったのかもしれない。

ルーマニア大統領選を巡っては、EUの執行機関であるEU委員会がすでに調査を始めていて、TikTokが選挙結果に影響を与えるリスクを放置するなどEUの「デジタルサービス法」(注)に違反していないかが焦点となっている。仮に違反が認められた場合は、巨額の制裁金やEU圏内でのサービスが停止される可能性がある。

(注)EUの「デジタルサービス法」
インターネット上のサービスでユーザーの安全性を確保するため、SNSやプラットフォームの事業者などに、有害情報対策を義務付けている。

ルーマニア大統領選の結果にビビる『ドイツ』

「極右候補が現職の首相より票を集めた」この結果を一番重く受け止めている国は、おそらくドイツだと思う。

ドイツはこの2月に20年ぶりの解散総選挙が実施されることになっている。

国内の政治状況は非常に複雑で、最新の世論調査では、ショルツ首相の社会民主党SPDは3位。2位の「極右政党」AfD(エーエフディー)に大きく差を広げられていて、次の選挙では極右が躍進する可能性が高いともいわれている。

ドイツでは物価上昇や電気代の高騰などで政権に対する不満が溜まっていて、さらにメルケル前首相時代から進められてきた移民や難民の受け入れについても様々な思いがうごめいている。

私は先月、ドイツのマクデブルクのクリスマスマーケットに車が突っ込んだ襲撃事件を現地で取材した。容疑者の男は、移民政策に不満を持ち、移民排斥を掲げるAfDを支持していたとされている。

マクデブルク市民にドイツの現状について話を聞くと、どこかで聞いたような話が返ってきた。

「極右政党を支持するとは言わないが、どの政党にも満足していない。投票したい人がいないから選挙には行かない」
「私たちは日々の生活に格闘している。政治家は残念ながら、なんの苦労もわかっていない」

一向に生活水準がよくならない上に、移民が増えてどこの国籍かわからない人たちが地域コミュニティーに入ってくることへの不安や怖さなどが垣間見られた。

取材に行ったマクデブルクがある州は、特に極右政党が躍進している地域で、世論調査(2024年11月調査)では首位の中道右派政党と2ポイント差にまで迫っている。なぜ極右が台頭してきているのか、直接確認するためAfDに取材を申し込んだ。

“なんとも言えない説得力”と強いポピュリズム

極右政党のAfDは国内メディアの取材にはほとんど応じていないというが、今回、マクデブルク市のAfD市議団の団長を務めるロニー・クンプス氏が取材に応じてくれた。

話を聞いて感じたことは、なんとも言えない説得力と強いポピュリズムだった。

移民問題については特に明確だった。

「難民申請の権利がある人はもちろん歓迎するが、本当に難民申請する権利があるのか、きちんと審査する必要がある。残念ながら今ドイツにいる多くの難民はその権利がない。今回の事件の容疑者も難民認定されているが、本当は難民として扱われる理由はなかった」
「厳しい移民政策と言われるが、日本やカナダはすでにやっているじゃないか」

クンプス氏は極右政党の台頭の要因について、市民の意思や有権者の要望を実現できる唯一の勢力だとようやく理解されてきたなどと話した。

AfDは、ドイツのウクライナ支援について「今すぐにやめるべきだ」と主張している。そして、支持を広げる背景として、SNSを効果的に使い若者世代を取り込んできたと地元メディアは伝えている。

こうした中、ドイツ国内では今、あるSNS上での発信が物議をかもしている。

Xを所有するイーロン・マスク氏がAfDの共同代表と対談し、総選挙での投票を呼び掛けたのだ。国内では選挙介入だと警戒感が広がり、ドイツやオーストリアの60以上の大学や研究機関では「公正で民主的な言論を促進する責任を果たせていない」としてXの利用を停止する事態になっている。

次の総選挙で仮にAfDが躍進しても過半数の議席を獲得するのは困難で、政権を担う可能性は低いとされているが、ドイツの情報機関はすでにSNSによるロシアの介入の恐れがあると警戒を強めている。

テレビや新聞は見ない若者たちがSNSで投票先を決める

選挙結果が無効にはなったが、ルーマニア大統領選挙の1回目の投票では、テレビや新聞を見ない若者がSNSでの情報を判断材料にして投票し、ジョルジェスク氏を首位に導いたと言える。

ルーマニアでは法律で「選挙期間中は公正・公平な方法で選挙運動の報道を確保する義務がある」と定められている。ジョルジェスク氏が主要メディアであまり取り上げられなかったのは、泡沫候補だったからだと推測される。

日本でもテレビの選挙報道は「政治的公平性」を強く意識している。私も長年日本で選挙報道に携わってきたが、候補者の扱いについてはとても敏感になっていた。

そんな中で、有権者の手元のデバイスに直接主張を伝えられるSNSの活用。とても便利な一方で偽情報の拡散といった危うさもある。

外部による介入などで選挙結果が歪められた可能性に直面するルーマニアや、EUがどのような対策を講じるのか。5月に実施されるルーマニアのやり直し大統領選挙も現場を取材するなどし、さらに注目していきたい。

〈執筆者略歴〉
仁熊 邦貴(にくま・くにたか)
2005年にMBS(毎日放送)に入社
大阪府警記者クラブキャップや神戸支局長を務めた後、
特集デスク、ニュースデスク、JNN担当デスクなどを歴任し
2024年10月からJNNパリ支局長

【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。

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