「低空経済」で復活なるか 75兆円規模に拡大の見通しも 中国・深センの「近未来都市」で見た可能性
TBS NEWS DIG Powered by JNN / 2025年1月26日 17時30分
経済が低迷する中国が新たな成長の起爆剤として期待を寄せるのが「低空経済」だ。一体どのようなものなのか?現場を訪れると、そこには「近未来都市」の姿が広がっていた。
高層ビルの間を飛び回る「宅配ドローン」
中国南部にある広東省・深セン市。民生用ドローンの世界シェア7割を誇る「DJI」も本社をおくこの街で、今あるサービスが注目を集めている。
「宅配ドローン」だ。
やり方はいたって簡単。スマホのアプリを使って欲しいものを注文する。
15分後、「ブーン」という音がする方向に目を向けると、高層ビルの合間をぬって箱をぶら下げたドローンがやってきた。
荷物を保管する、いわばロッカーのような役目を果たす「着陸スポット」に荷物を落とすと、ドローンはすぐさま飛び去っていく。
着陸スポットにある液晶画面に携帯番号の末尾4桁を入力して商品を取り出す。
ホットコーヒーを注文したのだが、箱の中でこぼれることもなく温かいコーヒーを受け取ることができた。
私が驚いたのは着陸スポットが公園などドローンが着陸しやすい、ひらけた場所ではなく、高層ビルに囲まれたオフィス街のど真ん中にあったことだ。
そこに約15分おきにドローンが飛んできて、オフィスワーカーたちが当たり前のように商品を受け取っていた。
「近未来都市のようだ」。ドローンが飛んでくるたび、興奮しながらカメラを向けるのは私だけ。
ドローンが行き交う街の風景は、深セン市民にとってすっかり日常になっているようだ。
深セン市の「宅配ドローン」は2021年から運用が始まり、これまでに36万件以上の商品輸送が行われているが、一度も事故は起きていないという。
中国政府期待の「低空経済」 規模は10年後75兆円に
「宅配ドローン」のように高度1000メートル以下の低空域を使った経済活動のことを「低空経済」という。
中国のドローン関連企業は現在1万7000社以上。中国政府はその旺盛な民間活力を生かし、「低空経済」を経済成長の起爆剤とする姿勢を鮮明にしている。
政府が「低空経済」に力を入れるのには訳がある。
今年1月、中国政府が発表した2024年のGDP(国内総生産)は前年比プラス5.0%の成長。
政府が掲げていた「プラス5%前後」の成長率目標はかろうじて達成したものの、力強さに欠ける状況に変わりはない。
特に顕著なのが国内需要の低迷だ。
政府は消費を刺激しようと自動車や家電製品などの買い替え促進キャンペーンを展開するなどしているが、消費の動向を示す小売りの売上高は前年比3.5%の増加にとどまるなど、その効果が表れているとはいいがたい。
そんな中「低空経済」は2021年から23年にかけて毎年30%の成長を見せている数少ない成長分野。
2023年時点ですでに経済規模は20兆円を超え、2035年には75兆円規模に拡大する見通しだ。
大注目は「空飛ぶ車」 珠海航空ショーに初めて「低空経済」の展示場が
昨年11月、広東省・珠海市で中国軍などが主催する国内最大の航空ショーが開かれた。
2年毎に開かれるこの航空ショーには最新鋭の戦闘機やドローンなどが展示され、世界中から多くの軍事関係者や航空産業関係者が訪れる。
今回の目玉は最新鋭ステルス戦闘機「J-35」の初飛行。
ロシアのステルス戦闘機「スホイ57」も華麗なる飛行を見せるなど、航空ファンを大いに楽しませた。
その一角に今回初めて「低空経済」専用の展示場が設けられていた。
会場にはドローン関連企業やドローンを研究する大学のブースが立ち並び、軍事用はもちろんのこと、300キロの荷物が積める「貨物ドローン」、病人を載せて運ぶ「救急ドローン」、上空から消火活動を行う「消防ドローン」など、様々な用途の民生用ドローンが展示されていた。
鳥の形をしたドローンは生態調査用だという。もはやただ飛ぶだけではない、その種類の多様さに圧倒された。
中でも来場者の注目を集めていたのが「空飛ぶ車」。4つのプロペラがついている上部、車輪がついている下部に分かれていて、デザインも特徴的だ。
この「空飛ぶ車」、山や湖などの景勝地で上空からの景色を楽しむという用途を想定しているのだという。
飛行距離は30キロ、飛行時間は30分、最高時速は120キロだという。
運転手は不要で、車内のタブレットに目的地を入力すると自動で上空を飛行するのだという。
気になるお値段は約4000万円。数年以内の販売を目指しているそうだ。
なぜ中国でドローン産業が急速に発展しているのだろうか。空飛ぶ車の広報担当者に聞いてみると。
空飛ぶ車・広報担当者:
「中国はEV(電気自動車)産業が発展しているため、バッテリー、電子機械部品、電子制御システムなどの技術が豊富です。ドローンや空飛ぶ車も電力で稼働するため、これらの技術を転用することができます。中国には『低空経済』が発展しやすい土壌があるのです」
さらに政府の財政支援が手厚いことから参入する企業が多いのも業界の活性化につながっているのだという。
100万人が不足「ドローン操縦士」 育成が急務
「低空経済」の成長に伴い、いま需要が高まっているのが「ドローン操縦士」だ。
100万人が不足しているという試算もあり、その育成を手がけるドローン学校は中国全土に1000校以上あるといわれている。その一つを訪ねた。
広東省・広州市黄浦(こうほ)地区。約100年前の1924年、中国革命の父である孫文が設立し、蒋介石が校長を務めた「黄埔士官学校」跡地のすぐそばにその学校はあった。
その名も「黄埔ドローン学校」。
学校は昨年設立されたばかりで、土埃が立つ屋外で学生たちがドローンの操縦技術を学んでいた。授業料は約20万円。数ヶ月かけて学ぶのだという。
なぜドローン操縦士が必要なのか。
ドローンは自動操縦のものがある一方、人間の手による操縦が必要なものも数多くある。
例えば、人里離れた山奥にあるインフラの点検作業。映画などの商業用撮影も人の手によって行われる。
また、現在中国では重さ4キロ以上のドローンを操縦する際はライセンスが必要だ。
学生(27歳):
「家業は林業を営んでいるので、森林の計測を行うためにドローン技術が活用できるのではないかと思って、この学校に来ました」
学生(35歳):
「以前はEコマースの会社を経営していましたが経営が悪化したため、会社を畳みました。そこで思い切って政府がいま力を入れている『低空経済』の領域にチャレンジしようと決めました」
学生のバックグラウンドは様々だが共通しているのは「政府が力を入れる『低空経済』の分野に可能性を感じ、この業界に飛び込んだ」ということ。
校長はドローン操縦士の活躍の場は今後さらに広がるだろうと話す。
黄埔ドローン学校 温超祥 校長:
「中国は広大ですから、農村の『ラスト1マイル』でドローンが活躍します。例えば、農薬の散布や収穫した果物の輸送などですね。都市部でも救急ドローンは交通渋滞にはまることなく負傷者を速やかに移送することができます」
「湾岸地区の海を越える移動や、小さい船では接岸が困難な小島への移動もドローンなら簡単です。全ての場面でドローン操縦士には活躍の場がありますよ」
「今後、ドローンのライセンスは自動車のライセンスと同じくらい、身近なものになる」と話す温超祥校長。現在、在籍する生徒は約80人。来年までに1000人に増やしたいと抱負を語った。
「安全」と「雇用」 低空経済に立ちはだかる課題も
良いことばかりに見える「低空経済」だが、問題も抱えている。ひとつは「安全」の問題だ。
昨年12月、湖北省の体育施設にドローンが落下し炎上する事故が起きた。同じ月に福建省ではドローンショーの最中、大量のドローンが制御不能となり落下する事故も起きている。
もう一つは「雇用」の問題。「宅配ドローン」や「空飛ぶ車」が増えると、宅配ドライバーやタクシー運転手の仕事がドローンに奪われるのではないか、という懸念が広がっている。
しかし、ドローン学校の温超祥校長は安全面や雇用問題について課題はあるとしながらも、こんな未来を語った。
黄埔ドローン学校 温超祥 校長:
「宅配ドライバーは1つの荷物に対し、たった数十円の送料しか得られません。急いで荷物を運ぼうとするあまり、交通事故もたくさん起こっているし、そもそも体力的に非常にきつい仕事です。ドローンの技術を手にした方が、多くの収入を得られるでしょう」
「中国も日本と同じくこれから少子高齢化社会を迎え、労働力が不足していくなかでドローンの活用はますます重要になるでしょう。安全面においても、深センでまず試験的に宅配ドローンを導入しているように、少しずつ安全面の問題をクリアしながら技術を活用していけば、問題ありませんよ」
すでに「宅配ドローン」が日常化している深セン市民に「安全」に不安はないのか聞くと、ここでも楽観的な答えが返ってきた。
深セン市民:
「ドローンにはもちろん、安全上のリスクはあるでしょうね。騒音の問題もありますし。新しい技術ですから安全に使用するために一定の制限は必要だと思います。しかし、技術が発展すれば問題は解決されるでしょう」
取材後記
テレビの地上波で放送したこの「ドローン」取材をYouTubeにアップしたところ、たくさんのコメントが寄せられた。
「中国のドローン技術はすごい」「日本も見習うべきだ」と称賛するコメントがある一方、その安全性を疑問視したり、中国のドローン技術を揶揄するようなコメントも多く並んだ。
中国のドローンをめぐる状況について私は「非常に中国らしい」展開だ、と感じている。
というのも、日本では、例えば「空飛ぶ車」や「ライドシェア」のような新しい技術や制度を導入するかどうか議論する際、利便性などのメリットよりも安全性などのデメリットばかりが強調され、慎重になる傾向がある。
一方で中国は「まずはやってみる」。そしてトライ&エラーを繰り返しながら問題を解決し、軌道修正しながらとにかく前に進んで行こうという姿勢があるように感じる。
もちろん、政治制度や人権に対する考え方が違う中国と日本を単純比較することはできない。
しかし、「まずはやってみる」という中国のチャレンジ精神が、「低空経済」の凄まじいまでの発展の勢いを後押ししているのだと思う。
中国と同じく少子高齢化、人手不足の問題に直面する日本にとっても、中国の「低空経済」への取り組みから、多くのヒントを得ることができるのではないだろうか。
JNN北京支局 室谷陽太
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