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「農業のイメージを変えたい」農業ロボットから新しい農業の未来を考える

Techable / 2021年10月26日 8時0分

私たちが当たり前に毎日食べている作物は「誰がどのように作っているのか」また「誰がどのような思いで取り組んでいるものなのか」など意外と知らないことが多くあります。

また、身近に農業をしている人がいないと、農家さんと直接お話しする機会も多くありません。自ら進んで農業に関心を持たないと、普段、自分が口にしている作物は誰がどのように育てたものか見えないまま。

農業は、人が食べるものを作るという尊い職業です。しかし、現状は「大変そう」「収入が不安定そう」とネガティブなイメージのほうが強い。

そんな農業のイメージを変えたいという思いを抱き、農業ロボットの開発を手掛けていて、自身も農家を志したことのあるAGRIST株式会社、取締役兼最高技術責任者の秦裕貴氏にお話を伺ってきました。

農業の道へ進むか、ロボット開発の道に進むか

ーー秦さんご自身も「農業をするか、農業ロボットの開発の道に進むか」迷った時期があると伺ったのですが、ロボット開発の道を選んだ理由を教えてください。

秦:農家になろうと思って役場に電話をして「新規就農したいんですけど」という話をしたら、止められたんですよね。

役場の方を含めいろんな方から話を聞くと、そもそも農地を取得すること自体が難しかったり、また就農しても利益が安定しなかったり。「新規就農で利益が上がるまで3年くらいマイナスが出る」というような話を聞いて、高専卒業後すぐに農家になるのは、ちょっとリスクが高いかなと感じました。

ただ、そのときも一般的な農家になりたいというよりは、現在AGRISTで行っているようなロボットとか工業系の、自分のバックグラウンドを生かした農家になりたい、生産していく仕組みなどを自動化できるような取り組みをしながら農業をしたいと思っていました。

そこで一旦、農家になることは置いておいて、ロボットなどの技術の部分を高めようと考えて、ロボット開発をするような会社をしていました。その中で、齋藤(AGRIST代表)と出会って、私がずっとやりたかった「農業系ロボット開発をする会社をやろう」という話になった、という経緯ですね。

ーーそもそも、農業のどんなところに興味を持ったのでしょうか。

秦:農家さんが持っている仕事観というか、自然と向き合いながら仕事ができるところに非常に魅力を感じています。

経済的にギリギリの状態で営んでいる農家さんがいらっしゃるのも事実ですが、その一方で、工夫を凝らしたりノウハウを持っていたりして、きちんと利益を出している農家さんもいらっしゃって、事業として成り立たせていけるバランス感に惹かれたことがきっかけですね。

まだまだ学んでいる最中なんですが、AGRISTに関わってから農業の奥深さを知りました。例えば、市場価格の上下に対して、自分のところの作物を収穫できるようにするタイミングのピークをどこに持ってくるか、3ヶ月後に値段が上がることを見越して、どのように作物の手入れをするかなどの知見が必要だったり。

作物にもよりますが、明日とか来週のための対応ではなく、1ヶ月後とか3ヶ月後の作物の状態を予測して、それに合わせて年間を通じた価格の上下を予想をしたうえで、作物の手当てをしていくというようなことを上手にしてらっしゃる農家さんは利益を上げているという印象ですね。

天候などの不確定要素も多く、ある意味そのギャンブラー的な、賭けをしているような側面もありつつ、でもそこに緻密な計算が必要という職業だなって思いますね。

ーーなるほど。今、テレワークが普及し仕事をする場所を選ばなくなってきています。その中で、以前から興味があった農業にチャレンジしてみたいという方が増えているように感じますが、若い世代が仕事を選ぶ選択肢の中に農業が入りにくいのは、そういった面があるからなんでしょうね。

秦:そうですね。あとは初期投資がかかり、農業一本でやっていこうと思うと収益に対して不確実性が高く経済的な不安が大きいのではないでしょうか。

さらに、農業のイメージに「きつい」「きたない」「危険」の3Kがあり、ある意味、哀れみの目で農業を見られている部分も、もしかするとあるのかもしれません……。

それに、農業経営に対するノウハウなどが明らかにされていない部分もあります。そこも含めて、我々の収穫ロボットなどのテクノロジーを取り入れていくことで「農業のイメージを変えていきたい」っていう思いもありますね。

ご協力いただいている農家さんは、収穫ロボットの収穫量・収穫能力が今よりも向上したら農地の規模を拡大できるし、さらにその収穫のリソースが確保できれば自分が外に出られるようになると話してくれています。その時間で、今まで培ってきた農業経営のノウハウなどを新規就農される方に教えたり地域の中に広めたりしていく活動や、地域全体の生産地としてのブランド化をする活動ができると考えていらっしゃるようです。

ーーなるほど。収穫を上げるだけではなく、農家さんが自分の時間を作って、その時間を新規就農の教育に充てるっていうことですね。そうなると、私たちも農業について今よりも知ることができますね!

農業に改革を起こすため「収穫」に着目!まずばピーマンから

ーー開発している農業ロボットは、初めから収穫に着目していたのですか。

秦:はい。我々が今活動している宮崎県新富町は農業がとても盛んなところで、実際に農家さんからお話を聞く機会がありまして。ボトルネックになっているのは収穫作業だと話してくれたんです。「本当は、農場や隣の空きハウスも買ってもっと拡大したいけれど、収穫する人がいないから拡大できない」という課題を知りました。

作物でいうと、特にピーマンですね。

ピーマンにおいては収穫作業にかかる時間が全体の半分以上ともいわれていて、そこが一番クリティカルに効いてくるだろうと考えました。農業になにかしらのインパクトを与えるような改革を起こすためには、収穫が一番効くだろうということで、収穫に着目・着手したという経緯があります。

あとは、作物はやっぱり生き物なので、実がなっていてちぎられずに放置されてしまうと、それはそれで木に負担がかかってしまうんです。それこそ、1ヶ月先や2ヶ月先の収穫量に影響が出ることがあるので、ロボットが定期的に収穫してくれれば収穫量の安定にもつながっていきます。

ーーなるほど。実をもぎらないと先の収穫量に影響が出ることがあるんですね。収穫ロボットはどのようなことをしてくれるんですか。

秦:シンプルな使いやすさを目指しています。特別な操作は必要なく、「収穫開始」ボタンを押すだけで、収穫ロボットがハウス内を巡回して収穫してくれます。一定量以上収穫したら、溜めていたピーマンをコンテナに放出し、再び収穫して回ります。

収穫ロボットにはAIとセンサーが搭載されていて、AIはピーマンを発見するところに使用しています。そこから画像の大きさと距離などで果実のサイズを判定していますね。

将来的には収穫ロボットを生育調査にも活用できると考えています。ロボットは年中、圃場(ほじょう)の中を収穫しながら巡回しているので、画像をはじめとしたさまざまな環境データを取得できるんです。このデータを、例えば、農家さんがスマートフォンから確認できるような仕組みを作ることで、農場の規模を拡大したとしても生育状態を把握できるようになると思います。

私自身もこの農業用ロボットを作り上げ、その先のデータベースまでできたら、やっぱり農家になるのもアリかもしれないなと思っています。

食べる人も作る人も幸せになる農業に向かって

ーー「やっぱり農家になるのもアリかもしれない」。秦さんがそう感じる農業への魅力というのは、どういったところにあるんでしょうか。

秦:「人が食べるものを作る」っていう意義があると思います。あと、自然と向き合いながらやっていくというところです。けれど、意外と育てるうえでの理論というかデータがきちんとあって、そこの奥深さも面白いですね。農家さんはある意味、エンジニアや研究者と近い職業かもしれないなと思っています。

最近とても驚いたのが、ピーマンの病気を防止するために、ちっちゃなダニの仲間をハウスの中に放すんです。そしてそのダニが育って有害な害虫や微生物を食べてくれることによって病気にならないというのを知りました。実際に農薬として売っているもので、こういうのを知れば知るほど面白くて奥深いなと思いますね。

スマホのゲームで、アイテムを買ってきて自分の庭でいろんな作物を育てて収穫してっていうのありますよね。実際の農業は、超細かく設定できる項目だとかアイテムがあって、それこそダニみたいなものがあって。それらを使ってある種ゲーム感覚で農家になるみたいな方も出てくると面白いかもなと思います。我々みたいな世代で、かつ農業をしていないからこそ言えることかもしれないし、実際はそんなに単純なものでもないと思うんですけど。

その一方で、農家さんの話を聞くと、年間通して準備したものが1回の台風でダメになってしまったりと苦労することもあるようです。台風の被害にあっても再び立ち上がる忍耐力など、農業に従事する方の精神性は改めてすごいなと思います。

一つひとつの作物は単価でいうと数十円だったりするんですけど、土がつかないようにとか、落とさないようにとか、非常に大切に扱っていて。「人が食べるもの」っていう意識を持って大切にしている姿を見ているので、本当にありがたいなと思いますね。

ーー以前に別のところで「食べる人も作る人も幸せになる農業を実現したいです」とおっしゃっていましたが、それはどういったイメージなんでしょうか。

秦:食べる側に関しては、安ければOKみたいな価値観で買って食べるのではなく、こだわりを持って作られたものを「あ、これって美味しいよね」と理解したうえで食べられたほうがいいですよね。

作る側に関しては、作物の価格に乱高下があるので、その中で我慢しながら仕方なく農業をやっていくというのではなく、「自然の中で仕事をしたい」とか、「なんで農家をやりたいと思ったのか」という動機の部分に基づいて仕事をしていく。しっかりと収益をあげながら作物を生産できる状況で、さらに、自分たちが作るものを求めてくれている人がいる。そこにテクノロジーを掛け合わせながら無理なくやっていける形を作れたらなと考えています。

農業は今後、二極化していくかもしれないなと思うことがあります。植物工場のように均質で低コストな野菜を安定的に供給していく方向と、土地固有の気候や風土を生かした特産品のような特徴ある野菜をこだわりを持って育てていく方向です。

例えば、普段食べるものは、海外から入ってきた冷凍の安いものなんだけれど、あるところの農家さんがこだわりを持って作ったむちゃくちゃ甘いピーマンみたいなものが贅沢品になって、そういった形で農家という職業が残っていく可能性もなくはないと感じています。

ーーなるほど。例えば、「秦さんが作ったピーマンがいい」っていう、そういう感じですね。

秦:はい。あと、農家さんにはちゃんと利益を得て欲しいという思いもあります。そうなれば、食べる側も作る側にとっても、どちらにも幸せなんじゃないかなと思います。

ーー食べる側は、誰がどのようにして作ったものかを踏まえてより美味しくいただき、作る側は農業に対しての思いを大切にしつつ収益も確保しと、どちらにとっても良い気分でいられるという状況ですね。農業ロボットの開発が進むにつれ農業のイメージとともに農家さんも私たちもどのように変わっていくのか楽しみです。

(インタビュー:安室和代)

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