自治体との協業で絶対に知っておくべき職員の人事異動と引継ぎの実態。
Techable / 2023年3月13日 17時30分
「自治体と何らかの形で協業したい」と通信会社、保険会社、自動車会社など、あらゆる分野の民間企業が自治体や地域とのつながりを求めています。
しかし、せっかく動き出したプロジェクトが、自治体についての基本的な知識が不足しているまま進めてしまうことで、頓挫してしまうことがあります。
問題を回避し、成功に導くために一般社団法人官民共創未来コンソーシアム 代表理事の小田理恵子氏に、「職員の異動と引き継ぎ」について解説していただきました。
相手を理解することは、円滑なビジネスを進めるための第一歩です。自治体とのビジネスにおいても同じことが言えます。「自治体ビジネスは難しい」と言われることもありますが、必要な情報を得ることでそのハードルを下げることができます。
そして、相手を理解し、対話をすることができれば、良きパートナーとなる自治体に出会うことができます。まずは、自治体を知ることから始めてみましょう。そこで、よくある相談内容を紹介します。
ケース①ある日突然、職員が異動し交渉が中止にある食品企業が、ヘルスケア分野での実証実験を行うために、ターゲット自治体に何度もアプローチを行い、担当職員との接点を作りました。実証実験に関する詳細な資料を作成し、説明を重ねた末、ようやく職員を説得することができました。
上司に報告し、プロジェクトが順調に進むと期待していた矢先に、交渉相手である職員が異動してしまいました。後任の職員の連絡先を教えてもらいましたが、連絡しても返事がなく、そのまま関係が途絶えてしまったとのことです。
企業は「ある日突然」と表現していましたが、実際に職員が異動したのは4月で、アプローチを重ねていたのは2月末から3月にかけてだったそうです。
自治体職員の人事異動は、通常毎年4月に行われます。もちろん、他の月に異動がある場合もありますが、4月1日付で一斉に異動が発令されるため、企業側はそのことを予測しておく必要があります。
また、自治体では職員の異動サイクルがだいたい2年から4年であることが一般的です。同じ組織に2年間在籍している職員は、「4月に異動する可能性がある」と考えておくことが望ましいでしょう。
民間企業から見ると想像できない異動サイクルかもしれませんが、自治体とはそういうところです。行動原理が根本的に異なる相手であることを理解することが大切です。
職員が自分の異動を知るのは、異動の1週間から2週間前だということです。転勤を伴う場合は早めに内示が出ることもあるようですが、職員が異動するのかどうかを事前に知ることはできません。
このように、相手先の職員が異動するかどうかは直前まで分からないため、関係づくりや交渉は4月の人事異動後に行うことをおすすめします。もう1つ、覚えておいてほしいことがあります。
それは国家公務員の異動時期です。全国の自治体には、1700名以上の国家公務員が地方自治体に出向しており(令和3年10月1日現在)、その組織や業務のキーマンが国からの出向者の場合もあります。
国家公務員の異動時期は7月で、省庁からの出向者はこのタイミングで国に戻ったり、他の自治体へ移ったりすることもあります。異動は通常国会閉会後に行われるため、国会スケジュールによっては時期が変動することもありますが、覚えておいてください。
ケース②それまで担当していた職員が異動し、今までの内容がリセットされたある通信企業は、自治体向けの新サービスの提供に向けて、自治体への提案を行いました。職員との打ち合わせには多くの時間と労力を費やし、地域のニーズに合わせて仕様を調整しました。最終調整に近づくと、担当職員が異動してしまいました。
後任の職員に案件は引き継がれたものの、何度も説明を求められ、企業担当者は前職員との交渉内容や、事業を進める目的を再度説明することになりました。「ゴールに近づいていたのに、職員の異動でスタート地点まで戻ってしまった」と、担当者は疲れた様子で話をしてくれました。
職員が異動する際に、新しい担当者によって過去の積み上げがリセットされるというケースです。この現象には2つの理由があります。1つ目は、異動時の引き継ぎが不十分であることです。
引き継ぎが不十分であるというと、「引継ぎしているのに何を言っているのか」という反論が出るかもしれません。しかし、実際のところ、異動が内示されてから異動するまでの期間が1週間しかない場合もあります。
この期間に、引き継ぎ書を作成し、渡すだけで終わる場合や、引き継ぎ書がA4用紙1枚だけということもあります。そのため、新しい職員が「異動してきたばかりで分からないんです」と言うことは、珍しくないです。
議員時代に、半年たっても、職員が「異動してきたばかりで」と言われることもあり、このような状況で苦労してきました。引き継ぎの方法、内容、充実度は自治体や組織によって異なりますが、人事異動の際に引き継ぎが不十分であることを前提に、プロジェクト設計を行うことが望ましいでしょう。
次に、自治体の業務は属人的であり、担当者の仕事内容を直属の上司ですら把握しきれていないことがあります。これは民間勤めの人からすると意外と思うかもしれませんが、実は行政の方が民間よりも属人的な仕事のやり方をしています。
職員の異動があった場合、以前とは異なるやり方になったり、窓口の職員が変わった途端、今まで許可されていたことが許可されなくなったりするといった話はよく聞かれます。
つまり、自治体組織では業務が他の職員からは見えないため、人事異動が頻繁にあっても引継ぎがほとんどされない状況が生じるのです。
これに対処するためには、企業側がこれまでの経緯や約束事を明文化して残しておくこと、約束事を協定や覚書で取り決めること、そして職員個人ではなく、組織間の付き合いとして広げていくことが必要です。
ここまで「自治体って、なんて面倒な相手なんだ」と感じる方もいらっしゃったかもしれませんが、自治体が過去の右肩上がりの状況が続いていた時代の名残りです。
この時代は毎年同じことをやっていれば良かったので、10年前のマニュアルでもそのまま使えました。引継ぎしなくてもどうにかなったのです。また民間企業は仕事を依頼する「業者」でしかありませんでした。
現在は人口が減少し、地域の課題が山積みとなり、自治体間での人や資源の獲得競争が始まっています。このような背景から、組織の在り方や仕事の方法を改革し、民間企業に寄り添う姿勢を示す自治体も増えてきています。
<著者プロフィール>
小田理恵子
一般社団法人官民共創未来コンソーシアム
代表理事
大手SI企業にてシステム戦略、業務プロセス改革に従事。電力会社、総合商社、ハウスメーカーなど幅広い業界を支援。
自治体の行政改革プロジェクトを契機に、地方自治体の抱える根深い課題を知ったことをきっかけに地方議員となることを決意し、2011年より川崎市議会議員を2期8年務める。民間時代の経験を活かし、行財政制度改革分野での改革に注力。
地域のコミュニティと協働しての新制度実現や、他都市の地方議員と連携した自治体を超えた行政のオープンデータ化、オープンイノベーションを推進し国への政策提言、制度改正へ繋げるなど、共創による社会課題解決を得意とする。
現在は官と民両方の人材育成や事業開発(政策実現)の伴走支援・アドバイザーとして活躍。
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