【CEOインタビュー】細胞培養技術で絶滅危惧種のシーフードを作り海洋資源を守る | シンガポールのUmami Bioworks
Techable / 2024年10月15日 12時0分
ウナギやドジョウなどの魚が食べられなくなる日が来るかもしれない。2020年に環境省が公表した「環境省レッドリスト2020」では、ニホンウナギが絶滅危惧種に、ドジョウが準絶滅危惧に指定された。
一方で近年、水産食品の世界的な需要は増加傾向にあり、2050年までにほぼ倍増すると予測されている。こうしたニーズの高まりに伴う消費量の増加により、魚類の減少は悪化の一途を辿っている。
そんな絶命の危機にさらされる魚類を救い、持続可能な水産業の構築を目指すのが本稿で取り上げるUmami Bioworksだ。
シンガポールで2020年に設立されたUmami Bioworksは、細胞培養技術を用いた魚肉「培養シーフード」を研究・開発している。
今回、同社の創業者でCEOのMihir Pershad氏を取材したところ、Mihir氏は学生時代には友人とNPOの設立と運営、さらにはスタートアップスタジオ「Early Charm Ventures」での勤務経験があるという。
スタートアップスタジオでは、大学の研究を調査して事業化の可能性を見出し、その研究に基づいた事業構築の手助けまでを行った。長年ビジネスを築いてきた人々から学べるスタジオでの仕事は、貴重な経験だったとMihir氏は語る。研究開発を事業化につなげることへの幅広い知見を、スタジオで培ったのだ。
需要が高く、かつ絶滅危惧の魚種に焦点消費者からの需要が高く、なおかつ絶滅危惧に指定される魚種に焦点を当てて同社は事業展開している。これには、クロマグロ、ニホンウナギ、タイセイヨウダラなどの魚種が含まれる。まずは同社の事業内容である培養シーフードについて話を伺った。
―― なぜ今、培養シーフードが重要なのですか?
Mihir:2020年から2050年にかけて、シーフードの需要は倍増することが予測されます。しかし、魚の養殖をコスト効率よく行うことは簡単ではありません。
たとえばウナギの完全養殖はまだ難しく現在は稚魚の状態のものも捕獲されており、他の魚を含めて今後30年養殖を続けて、今の2倍の生産量を達成するのは現実的ではありません。培養する方法での供給が可能でそれが養殖といった方法よりも優れていることがわかれば、その方法への移行を考える必要があるでしょう。
拙速に移行するべきではありませんが、業界が持続可能なものになるように移行を助ける手段を見つけることが肝心です。
―― シーフードを培養肉で再現するのは、鶏肉や牛肉と比較して簡単なことでしょうか?
Mihir:ある意味では難しさを伴います。魚と人間の間には数億年の進化のギャップがあり、鶏や牛とは違って人間やマウスに基づいた研究を使用することはできないからです。そのため、細胞に何を与えて育てるべきか、どの温度で成長させるのが適切なのかなど基本的な研究から始める必要があります。
しかし、長期的には容易になる可能性はあります。なぜなら、脂肪と筋肉が非常に密接に混ざり合った魚の体内構造は、哺乳類よりも質感を模倣しやすいからです。
――培養シーフードが市場に受け入れられるために、どのような開発をされているのでしょうか?
Mihir:私たちは、通常の製品と同等の栄養価を持たせるか、栄養価を向上させることに焦点を当てています。
味に関しては、高級レストランから小売店までの海産物のプロファイリングを現在行っています。まずはプレミアムな海産物がどのように異なるのか、人々が高品質として価値を見出すものは何かを理解し、そのあとプレミアムな味を再現することへ焦点を当てていきます。
培養肉の業界標準となる中核技術の提供者へ次に、他社と比較したUmami Bioworksの強みについて伺った。
――他社と比較した貴社の強みは何でしょうか?
Mihir:私たちは、この分野において根本的にユニークなアプローチを取りたいと考えています。現在、ほとんどの企業は特定の製品や原料(細胞株や培地)を製造しています。特定の製品を製造する企業は、研究から開発、マーケティングまですべてを行う必要がありますが、全分野で卓越することは非常に難しくコストもかかります。
一方で原料を製造する企業は、最終的にその原料を集めて組み合わせても、互いに適合せずに良質な完成品が作れない可能性があるでしょう。そこで私たちは、技術要素を一体化させ、そこから自動化された標準生産ユニットを作ることを考えています。
この標準生産ユニットを既存の食品会社の工場に提供すれば、各工場で培養肉生産が可能となり、プロセス管理も簡単に提供できます。これは業界が培養技術を採用するために必要な中核的な変化だと考えています。
――そのためにどのような技術に取り組んでいるのですか?
Mihir:私たちは、メセンキマル幹細胞(MSC)と呼ばれる共通の親幹細胞を使用しています。MSCは親幹細胞と呼ばれ、これをもとに、筋肉、軟骨、脂肪、骨などを作れます。
MSCの培養は、単一の生産プロセスで行うことができるため、そのあとは適切な割合で筋肉と脂肪を生産します。単一のプロセスで生産できるため、スケールアップするよりもはるかに簡単になります。
たとえば、マグロの中でも大トロを作る場合、赤身や白身を作る場合で、異なる比率で筋肉と脂肪を生産できる柔軟性が必要ですが、この細胞を使用すればそれが可能です。
これによりコストが低く、スケーラブルな生産が可能となるのです。さらには、これを効率的に利用するためにデータの収集と機械学習を用います。
――どのようなデータと機械学習を用いるのですか?
Mihir:まず、魚のゲノム、遺伝子データを収集します。次に培養している細胞が成長に伴い、どの遺伝子が発現して細胞の変化に影響を与えているのか観察します。これにより、まだ幹細胞なのか、筋肉に変化し始めているのかなどがわかります。
他にも、細胞に与える餌と細胞が生成する廃棄物、最終的にできあがる製品の風味や食感などさまざまなデータを集めてデータベース化します。これらのデータを利用して、コンピュータ内でデジタルツインを構築してシミュレーションを行うことが目的です。
コンピュータ内で異なる条件をシミュレートして機械学習技術を使用すれば、より良い風味の培養シーフードの生産の条件を探索して、生産プロセスを最適化できます。
この方法だと、研究室で何度も実物を作らずに生産をシミュレートでき、長期的には生産の自動化に寄与します。なぜなら、生産過程のさまざまな問題をコンピュータ上で予測し、それぞれの問題に対する最適な解決方法をあらかじめ把握できるため、実際の生産をより安定的に管理できるようになるからです。
世界中で広がる培養肉市場このように培養肉において中核的な技術を築いているUmami Bioworksの成長は著しく、今では注目の企業となっている。
今年の3月には、エビ、カニ、ロブスターなどの甲殻類の培養肉の研究を行うShiok Meatsとの合併を発表した。Shiok Meatsは、3,000万ドルもの資金調達を実施した業界を代表する企業だ。
なおUmami Bioworksは昨年、日本のマルハニチロとの協業を発表している。最後に日本企業についてMihir氏に話を伺った。
――マルハニチロとの協業をされたそうですが、日本企業にはどういった強みを持っていると思いますか?
Mihir:開発から流通に至るまでほぼすべてに手を広げていることに、日本企業の大きな強みがあります。ほとんどの国では、開発と流通の間でのパートナーシップを管理できる企業を見つける必要がありますが、明らかに、2つのパートナーシップを管理することは1つを管理するより難しいでしょう。
これらの大企業の利点は、培養食品を支援したい場合、市場を作れることにあります。ビジネスに参入し、それを現実化したい場合、彼らはほぼ独力でそれを行えるのです。さらに、彼らはグローバルな市場を持つため、すばやく世界中に流通させることができます。
2020年にシンガポール、昨年にはアメリカで培養肉が承認、販売が開始されており、培養肉市場は着実に広がっている。
同社も2025年中頃までに、パートナー企業と共同で最初のプレミアム培養シーフード製品をレストランに提供することを目指している。
参考:Umami Bioworks
(取材/文・松本直樹)
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