飯野賢治がくれたもの「悪いところは直さなくていいんだよ」 R.I.P eno kenji 【世永玲生 @reosucker】@maskin

TECH WAVE / 2013年2月26日 9時0分




さよなら 飯野賢治さん

編集チョのmaskinこと増田真樹です。

2013年2月20日夜、ゲームクリエイター 飯野賢治さんが亡くなられました。42歳だったとのことです。ゲーム「Dの食卓」で世界の知る人となり、それ以外にも小説や音楽などでも優れた創造性を発揮されました。

僕は数年前、自分で制作した音源を海外のサイトで公開した際、飯野さんから直接「いいじゃん」と評価してもらった時からのゆるいつながりです。ノイズは入ったままだわ、サンプリングは途中で切れるは、転調はおかしいは、よくまあこんな音源をアップしたものだわと反省していたので、正直に「お世辞でも嬉しいです」と応えたのですが、飯野さんは非常に厳しい口調で「俺はお世辞なんて言わない」とおっしゃいました。その時、思ったんです。彼は本当にいいものを見い出し、深く理解し、伸ばす人なんだと。

そんな彼のことを振り返ろうと、ゲーム業界に長く 彼と親交のあった世永玲生さんに本日も登場して頂きましたが、タイトルにその人柄が現れているように思います。ドラマティックでリアリティあふれるテキストに思わず目がうるみます。



素晴らしい人は、いつも先に進んでしまうのですね。R.I.P. 心からご冥福をお祈りいたします。

飯野賢治がくれたもの「悪いところは直さなくていいんだよ」 R.I.P eno kenji 【世永玲生 @reosucker】



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 「オレらみたいな人間は、悪いところは治せないんだよ。だから良いところをおもいっきり伸ばせば良いわけ」。



 憧れの人に、「オレら」と「ら」って言ってもらった僕は舞い上がってしまって、実はあんまり他に何を話したか覚えて無い。



 一緒にカメラアプリを作る約束をして、「近いうちにまた打ち合わせよう」って言われて、そのまま連絡がつかなくなって、僕は『ゲーム Super 27 Years Life』を読んで、「27歳の時の僕の方が大人じゃんか」とか意味不明の強がりをして、拗ねて、寝た。



 話の相手は故飯野賢治氏。僕のヒーローだった天才ゲームデザイナーだ。 一昨日の飯野賢治氏の通夜は、彼と言う存在を象徴するように「ゲーム」、「出版」、そして「音楽」色々な業界の人が居て、僕にとってもまるでタイムカプセルの様だった。



 10年振りに合う人、先週あった人、来週会う予定の人、皆、早すぎる出来事に現実感も無く、ただ目を赤くしていた。



 僕にとっての彼は、スーツを着たいなって初めて思わせてくれた人で、美味しいとんかつ屋を教えてくれた人で、僕がコンシューマー業界を辞めて、iPhone業界に行くきっかけを作った人で、「人間、飯野賢治」で人生に大きな影響を与えてくれた人だった。



 多分、最初に飯野さんを認識したのは、タイかインドで見た英語版のNewsWeek。



 ものすごい眼光で写っていた飯野さんは、僕より4つ年上だから多分25歳とかそれくらい、日本人なのに、NewsWeekに乗っている目がギラギラのビジネスパーソンに全く見劣りしない彼に、ひと目で憧れた。



 それから、Dの食卓、風のリグレット、エネミーゼロ。全部買ってたけど、真似をしちゃいそうで一個も封も切ってなかった。『ゲーム Super 27 Years Life』も敢えて読んで無かった。



 当時の僕を知る人はオールバックの長髪で、黒スーツの僕を覚えていると思うけど、服装と髪型だけ真似してた。黒スーツで格好いいなと思う人が飯野さんともう一人いたから。



 体型もだんだん似てきて「飯野賢治みたいだね」ってたまに言われるともの凄く実は嬉しかった。



 TOKYO FMの渋谷スペイン坂スタジオに彼が来てた時は張り切って見に行った。



 ゲストが微妙なヒントを与えてリスナーが答える曲当てクイズを、飯野賢治は机を叩きながらビートを含め完全に再現し、コーナー自体を破壊していた。初めて見る生飯野賢治に興奮した。想像通りだ。



 「プログラムも、シナリオも、音楽も全部ご自分もやられているんですよね?」



 というDJの問いに



 「だって、会社で俺が全部一番出来ちゃうんだもん」



 って答えてて



 「これは凄い人だけど、スタッフで働いたら大変だよな」



 とか思いながら苦笑いして見てた。



 そこから数年後、僕は水口哲也氏の下で「ミュージックインタラクティブ」ジャンルのゲームを作るゲームデザイナーになっていた、で、交友関係は飯野さんと、重なり、何度も顔合わせはしてたけど、緊張してあまり話しかける事が出来なかった。Qエンタテインメントの立ち上げ時には良くオフィスに飯野さんも来てたけどなんかタイミングが合わなかった。



 僕のパートナーだったM君が飯野さんとずっと作業をしてて、無茶苦茶羨ましかった。



 そして、それから数年。



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