2軍球団のコーチが“ドンキ”でネタを探すワケ 武田勝氏が実践する超斬新な指導術「失笑からで上等」
THE ANSWER / 2024年5月31日 6時43分
■グラウンドに崩れ落ちる投手コーチ…かごに入れて選手が撤収?
今季からプロ野球の2軍イースタン・リーグに参加しているオイシックス新潟に、独特のコーチング術を実践する人物がいる。日本ハムの1軍コーチや、BCリーグの石川監督を務めた武田勝投手コーチだ。ベンチにかぶり物を持ち込んで変装し、時にはコントの主人公になることも。ファンを楽しませることはもちろん、選手との距離の取り方については計算ずくの行動だという。どのような考えによるものなのか。(取材・文=THE ANSWER編集部 羽鳥慶太)
あるビジターゲームでのことだ。オイシックスはNPB球団と比べてスタッフの数が少ない。試合前の練習、3連戦すべてで打撃投手を務めた武田コーチは最後の1球を投げると、バンザイしてその場に崩れ落ちた。もう動く力もないと言いたげに、ボールを入れる大きなかごに自ら納まると、選手がそれを担いでベンチへ引き揚げていった。グラウンドには明るい笑いが起きた。
コントにしか見えないような場面にも、武田コーチならではの計算がある。
「元NPBだから厳しいとか、そういうカベを取っ払いたいんだよね。それには僕の方からやらないといけないし、その入口としてバカやってるの。元プロだから野球を知ってるのかといえば、必ずしもそうじゃない。いいところはいいし、ダメなところはダメ。そう言い合えないといけないと思うので」
口をつくのは、選手を指導したり、管理したりするコーチ像の対極。選手と同じ視座に立とうとする何とも柔軟な思考だ。教えるのではなく、選手の考えを聞き、聞かれるコーチになりたいのだという。
「話しやすい人になりたいんだよね。選手から話しに来てくれるようになったほうが、いろんなことがわかる。会話が先に成立していたほうがね」。そんな考えを持つきっかけは、苦しんだ現役末期にあった。
「ここにいる選手はこれからうまくなる時期」という武田コーチ(右)。失敗も次への糧だ【写真:羽鳥慶太】
■失敗した後の“後押し”こそが仕事「これからうまくなる時期」
日本ハムでの現役時代、引退までの2年間は2軍生活が長かった。そこで自然とコーチングについて考えるようになったのだという。「自分のことより、他の選手を見るようになった。その時に若い選手ともっと距離を縮めて話すにはどうすればいいのかと考えたんです」。元々若手には慕われていたが、ハードルをこれ以上は下げられないほどに下げた。すると声がどんどん集まるようになった。
武田コーチが見てきた指導者に、こんなスタイルは当然なかった。関東一高では、後に日大三高の監督として2度の全国制覇を果たす小倉全由氏、社会人野球のシダックスでは野村克也氏と、厳しさでも知られる指揮官のもとでプレーしてきた。だからこその考えだともいう。
「ベンチと戦ってしまう選手が多くなるという面も見てきたからね。ミスは誰にだってあるし、本当は出した後どうするか、ミスした後を見られているというのを伝えたいんだよ。コーチだってノーミスで生きてきたんじゃない。むしろ長く生きている分、たくさんミスしているんだから」
だから、選手を怒ったことは「ありません」と言い切る。そんなことには意味がないと言いたげだ。「怒ることより、次につなげることのほうが大事なんだから」。
ホームゲームでは試合後のベンチに、かぶり物姿で登場することもある。もちろんこんなやり方は、日本ハムでの1軍コーチ時代にはとれなかった。「1軍の選手はしっかりリスペクトして接しないといけないから」という理由のほかに、成長途上の選手が集まった“2軍球団”だからともいえる。
「ここにいる若い選手は、陽のあたらないところで野球をしてきている。だからこれから失敗してうまくなる時期を迎えるんだよ。時代と共に教え方は変わる。能力ある選手が力を発揮できなかったらもったいないじゃない。そこで背中を押すのがコーチの一番の仕事だと思うんだよね」
だからきょうも武田コーチは、量販店のドン・キホーテでネタを探す。笑いの師は、北海道で放送されていた伝説のローカルテレビ番組「水曜どうでしょう」だ。「失笑から始まって上等だよ。何でも育てるには時間がかかるんだよ」。引退した時、指導者としては「気づかせ屋になりたい」と言った。自分にしかできない方法で、その道を着実に歩いている。(THE ANSWER編集部・羽鳥 慶太 / Keita Hatori)
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