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「ほんとに苦しくて…」 清水の舞台から飛ぶ覚悟で涙、陸上・田中佑美が0秒03差で逃した日本一【日本選手権】

THE ANSWER / 2024年7月2日 7時43分

日本選手権に出場した田中佑美【写真:奥井隆史】

■陸上日本選手権

 今夏のパリ五輪代表選考会を兼ねた陸上・トラック&フィールド種目の日本選手権最終日が6月30日、新潟・デンカビッグスワンスタジアムで行われた。女子100メートル障害決勝では、昨年ブダペスト世界陸上代表の25歳・田中佑美(富士通)が12秒89(向かい風0.2メートル)で2位。初の五輪代表の即時内定を逃し、涙した。

 日本一まであと0秒03だった。雨脚が強まった後半種目。田中は自分のレーンだけを視界に入れた。「私に足りないのは爆発力。1台目に絶対に怯まない」。強い気持ちで飛び出し、中盤まで日本記録12秒73を持つ福部真子がリード。後を追い、最後まで食い下がったが、ほんのわずかに届かなかった。

 参加標準記録12秒77を切って優勝すれば、パリ五輪代表に即時内定だった。取材エリアの第一声は「悔しいです、とても」とポツリ。「パリに行きたい……」と多くのテレビカメラの前で涙を堪えきれなかった。「五輪が陸上の全てではないですけど……もっともっと速くなれるように頑張ります。応援ありがとうございました」

 近年、記録が急激に伸びた日本女子100メートル障害。最大3枠の代表争いは熾烈を極め、田中もその一人に割って入った。今季は国内初戦だった4月の織田記念国際で連覇。今大会は準決勝で自己ベストを0秒04更新する12秒85をマークした。期待が高かっただけに「ほんとに苦しくて、何度も何度も……」と語り、決戦までの重圧を吐き出した。

「清水の舞台から飛び降りるって言いますけど、とんでもない舞台から飛び降りる日時がしっかり決まっていて、落ちるために準備をして。そして、落ちたところで生きているのか、死んでいるのかわからない。どれだけ準備してもうまくいくのかわからない中でベストを尽くした。それはとても苦しいことではあるんですけど、楽しいことでもあって」

 そう語ると、ふと我に返り「自分でも何を言ってるのかわかんない」と苦笑いした。それほど感情が激しく動かされたレース。「レベルが高い中で競えていることを光栄に思います。競技人生も永遠ではないので、苦しいのも楽しいのも全部ギュっと抱き込んで、他の選手とギュッと抱き込んで、これからどんどん強くなりたいと思います」と成長を誓った。


日本選手権、女子100メートル障害予選でハードルを跳び越える田中【写真:奥井隆史】

■ウォーミングアップで異変「思考を放棄するのが難しかった」

 大会前はワールドランキングで五輪圏内につけていた。「ポイントを稼いだ時点でちょっと手に入れたつもりでいた」と振り返った。外野のざわめきをシャットアウトし、自分の走りに集中するのは得意な方。レース前も「自分は何時から緊張する」と感情の動きまで予定にセットした。

「それ以外は思考を放棄する。今までもそうやって緊張をそらしてきた。でも、今回はそれが難しかったです。ウォーミングアップをしている時、アップのはずなのに試合前みたいな感覚。去年、真子さんが『石のようだった』と仰っていたのが頭をよぎって、『こんな気持ちだったんかな』と。それがわかったからこそ、視線を違うところに持っていったのですが……」

 気を紛らわせるため、空を見上げた。「雨、降ってるなぁ」。一瞬で決まる勝負に向けて全てを尽くす作業。重圧を抱えても、そんな過程が心地よくもある。「アプローチしていて『アプローチ、楽しい!』って競技場で言っているので、陸上は好きです」。周囲のサポートへの感謝も忘れない。

「この試合に向けて、いろんなところでいろんな人に声をかけてもらった。その人と顔を合わせたら何を言ってもらったかわかるくらい。競技で繋がることができたご縁も、私が本当に追い込まれていないとないこと。人生の中では短い期間ではありますが、アスリートとして凄い幸せだなと思います」

 関大一高時代にインターハイを連覇すると、立命大では関西インカレ4連覇、日本インカレも優勝。2021年に名門・富士通に入社した。昨季は4月の織田記念国際で日本人4人目(当時)の12秒台となる12秒97で優勝。立て続けに自己ベストを塗り替え、6月の日本選手権は3位と飛躍した。

 ワールドランキングで出場したブダペスト世界陸上で世界デビュー(予選落ち)。オフにはファッション誌「BAILA」でモデルに挑戦した。まだワールドランキングでパリ切符が手に入る可能性はある。

「悔しい気持ちも、辛い経験も乗り越えてこそいい物語になる。目を背けるのではなく、それにしがみつくのでもなく、自分の糧となっていけばいいなと思います。これからも競技人生は続くので、もっともっと速くなるためにトレーニングを積みたい」

 取材の最後、視線はすでに次に向いていた。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)

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