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エディージャパン3戦目で刻んだ歴史 金星の理由、殊勲の男は「タマ」…見え始めた「超速ラグビー」の実像

THE ANSWER / 2024年7月10日 11時3分

エディー・ジョーンズHC【写真:Getty Images】

■ジャパンXVのマオリ・オールブラックス第2戦を検証

 ラグビー日本代表と若手候補らで編成されるジャパンXV(フィフティーン)が、マオリ・オールブラックスとの第2戦を26-14で勝利して、ノンキャップ戦ながらエディー・ジョーンズ・ヘッドコーチ(HC)が復帰して3戦目で待望の凱歌を揚げた。ニュージーランド(NZ)先住民マオリの血を引くメンバーで組まれた“代表”は世界ランク10位以内クラスの強豪チーム。日本代表も含めて、第1戦まで過去4度の対戦で1度も勝てなかった強豪から、なぜ新生ジャパンは金星を奪えたのか。敗れた第1戦からの進化、修正ポイントから、指揮官が掲げる「超速ラグビー」の実像が見えてきた。(取材・文=吉田 宏)

 ◇ ◇ ◇

 4万人を超える収容力を誇るスタンドを埋めたのは1万4613人。すこし寂しい人数ながら、お得感を持ちながら家路に着いた真夏の準テストマッチ。スタンドの冷房完備のコーチ席に座らず、80分間グラウンドのチームベンチで選手の戦いぶりを見守った指揮官も、第2次エディージャパンの初勝利に汗を拭った。

「初戦のようにセットピース(スクラム、ラインアウト)での優位性はなかなか作ることが出来ませんでしたが、得点を重ねることが出来たことが勝利に繋がったと思います。先発出場した15人の中で13人が日本選手(日本で生誕した選手)です。決して海外選手への差別という意味ではありませんが、こういった形が今後の日本の強みになっていくと信じています」

 大英帝国からの植民という苦難を経ながら、先住民の誇りと伝統を1910年から守り続けるマオリ・オールブラックス。勇猛に前に出て、果敢に、奔放にボールを繋ぐスタイルを持つ相手から、日本代表というカテゴリーの編成では5度目の挑戦で初めての勝利。エディーは「世界でトップ10に入るような力を持っているチームに勝てたのは大きな自信になる。若い選手が多いチームでは、こういう自信は大切だし、自信があるからこそ今後自分たちでやっていくことへの信条に繋がっていくと思う」と、この1勝の重みを語った。

 記憶に蘇るのは、第1次エディー体制での“金星”だ、スタートの2012年シーズンにも、ルーマニア、ジョージアという世界10位台の国には勝利を収めていたエディージャパンだったが、フィジー、トンガら南太平洋諸国には全敗するなど評価が上がらないスタートになった。だが、2シーズン目の6月に迎えたウェールズから23-8と史上初めての金星をマーク。歴史的な1勝が、選手に自分たちのラグビースタイルを信じ、同じ方向性を持ったチームとしての結束力を一気に高めたことが、2015年の“ブライトンの奇跡”への着火点になった。

 今回の第2次エディージャパンでは始動から3試合目と、遥かに早いタイミングで新たな歴史を刻んだことになるが、この1勝が11年前の金星同様に、まだ選手も模索状態のエディー流の「超速ラグビー」に確信を持たせ、“寄せ集め集団”である代表に、チームとしての結束力をもたらす効果が期待できる。

 その試合運びも、自分たちに自信を植え付けるものになった。テストマッチとして挑んだ6月22日のイングランド戦、マオリ第1戦共に、立ち上がりから主導権を握ったのは日本だったが、時間の経過と共に相手に日本のゲームスタイルを読まれ、防御を崩されての完敗に終わった。だが、マオリ第1戦と先発13人を変更せずに挑んだ第2戦では、前週までの課題を飛躍的に修正させていた。

■第1戦の敗因「決定力」「遂行力」でも進化

 最も顕著だったのは防御力の改善。試合後の会見で、共同主将のHO原田衛(東芝ブレイブルーパス東京)が「ディフェンスコーチのデイブ(デイビッド・キッドウェル・アシスタントコーチ)のシステムの中でファイトすることをこの1週間はずっとやってきた。ディフェンスは朝の練習ではずっとやっていたので、それが結果に繋がったのかなと思う」と語っている。試合前のPR為房慶次朗(クボタスピアーズ船橋・東京ベイ)の右目上の青い痣が、チームのハードな練習を想像させたが、23分のダブルタックルがその成果を示していた。

 ミッドフィールドでのマオリのアタックに、WTB根塚洸雅(S東京ベイ)が相手の腰下をめがけて突き刺さると、間髪を入れずにLO桑野詠真(静岡ブルーレヴズ)が上半身をホールドするチョークタックルを決めて、完璧に相手の動きを封殺した。このタックルシーンでは、キッドウェル・アシスタントコーチによる「フィニッシュ・オン・トップ」呼ばれる、タックルをしながら相手の上に乗りかかるように倒れるスキルで、相手選手のサポートを遅らせることにも成功している。

 チーム始動から防御2人が襲い掛かるダブルタックルには取り組んでいたが、マオリ第1戦では、最初に相手の動きを止めるために低くタックルに入っても、オフロードパスなどでボールを繋がれるシーンが目立った。だが今回は2人目のサポートを早める意識を選手が徹底していた。攻撃、防御両面で最も目立つ最初の1人(ボールキャリアー、タックラー)の動きでは、イングランド戦、マオリ第1戦のほうが顕著に「超速」を感じさせたが、この日は、次のフェーズへとボールを生かし、殺すために重要なセカンドマン(2人目の選手)がより早くフォローする意識を徹底していた。

 防御の進化は数値からも読み取れた。世界的なラグビー情報サイト「ラグビーパス」のゲームスタッツを見ると、タックル成功率は第1戦の83%から89%へ上昇している。この数値は、一般的には「勝利チームの成功率」と考えられる84%目前から、「快勝」と考察できる領域へ上昇していることを意味している。それに比例して、ミスタックルの回数も24回から15回と大幅に改善された。参考までにマオリの成功率は89%から86%へと微減している。

 第1戦の大きな敗因となった「決定力」「遂行力」でも、進化を確認できた。手元のメモに基づく数字だが、相手チームのデンジャラスゾーンといわれる22mライン内への侵攻回数を見ると、マオリの7回に対して、日本は8回と大きな差はない。だが、マークしたトライ数を踏まえると、マオリが22m侵入で平均0.29個のトライをマークしていたのに対して、日本は0.38個を奪っていることになる。日本は前半3回の22mライン突破の内2回をスコア(トライ、PG)に繋げているが、マオリは5回の侵入でハンドリングエラー2回、キックミス1回、ノックオン2回と全てを得点に結びつけられなかった。ちなみにノックオンの1つは、PR為房、No8サウマキアマナキ(コベルコ神戸スティーラーズ)による激しいダブルタックルが引き起こしている。ここは遂行力の優劣だけではなく、先に触れた日本の防御面の整備も影響している。

 マオリ第1戦後のコラムでも遂行力の背景として触れた、チャンスを自ら潰してしまう“攻め急ぎ”のプレーでも、1週間での修正が見られた。第1戦でアタック能力を印象づけたFB矢崎由高(早稲田大2年)だったが、同時に攻め込みながら反則などでボールをリサイクル出来ないシーンもあった。しかし第2戦では、後半開始直後のカウンターアタックから敵陣22mライン内へ走り込んだシーンで、相手防御にタックルをさせながらオフロードパスを使ってボールを生かすなど、課題を修正してきた。矢崎以外にも多くのメンバーが、第1戦以上に攻撃を継続させようと意図したパス、プレーを積極的に見せていたが、矢崎は前週からの成長をこう振り返っている。

「前回の試合で相手22mラインの中には多く入れたけれど(トライを)取りきれてなかった。それは自分たちがボールを大事にする意識の低いところ、ノックオンなどが多かった。だが、そういうボールを大事にするという所は、この試合へ向けては全員で話し合って出来たと思います。そこが改善されて得点に繋がったのかなと思います」

■司令塔のキック、パスの回数から興味深い傾向

 代表合宿では練習生からイングランド戦での先発テストデビューを掴み獲り、この試合まで3戦連続で15番を背負い続ける。マオリとの2試合は合計160分間フル出場した20歳は、この試合では途中退場したSO山沢拓也(埼玉パナソニックワイルドナイツ)に代わりプレースキッカーも任され、2回のコンバージョンのうち最初のゴールを成功させるなど、エディーの期待感は試合を重ねる毎に“先行投資物件”から、リターンを得られる素材へと高まっている。

 ゲームの組み立て方にも、勝つための顕著な修正が見ることが出来た。2試合連続で司令塔を担ったSO山沢のキック、パスの回数から興味深い傾向が読み取れる。第1戦のキックとパスの回数は12-16だったが、第2戦では20-14とキックが激増している。取り組み始めたばかりの「超速ラグビー」だが、ボールをキックなどで手放さず、保持しながら展開するイメージが強い。しかし、この第2戦で、山沢は、陣地を稼ぐなど状況に応じて積極的にキックを選択してゲームを進めていたのだ。

「先週の試合からキックでのチャンスが色々あるということがわかっていた。なのでキックでも プレッシャーをかけていくというところをチームとして意識していました。上手くいかないところもありましたが、しっかりいいチェイス(キックの追走)が出来たので、相手にプレッシャーをかけられたと思います」

 闇雲に超速を意識した戦術を多用した前戦までとは打って変わり、この試合では戦況に応じてキックとランプレーを使い分けていたのが勝因の1つになっている。チーム全体のデータを見ても、1回のキックに対して何回パスをしているかを示すキック・パスレートは第1戦の1:7.4(総キック回数19)から1:3.9(同36)へとパスが減りキックが増えている。この2試合のマオリのキック回数の37、33回という数値を見ても、その変貌ぶりが判る。

 このようなデータは、超速からオーソドックスなラグビーへの“後退”とも解釈出来るが、むしろイングランド戦からの2試合での暴走しすぎた超速の軌道修正がされたと解釈していいだろう。エディーが就任当初から説明するように、「超速」はあくまでもコンセプト=概念だ。80分間のプレー全てが映像の早送りのようなイメージは適切ではないのだが、実際にコーチングを受けてきた選手の中にも、最初の2試合では心理的な「慌て」があったのも事実だろう。

 そのような状況から、マオリ第2戦でしっかりとゲームを勝つ方向へコントロール出来たという点では、チーム全体のプランの理解力、山沢のゲームメーカーとしての1週間での成長が評価できる勝利だった。エディーが第2戦前の取材で、「いま10番のオプションには李(承信、神戸S)、山沢(拓也)、松田(力也、トヨタヴェルブリッツ)、立川(理道、S東京ベイ)と4枚まで層を厚く出来ている」と自賛していたが、7月7日に発表されたジョージア戦(同13日、仙台)へ向けた宮崎合宿メンバーも、この4人が揃い踏み。昨秋のW杯までの代表実績を持つ松田、李に、多彩な個人技が魅力の山沢、そして高い経験値を生かした試合を終わらせるフィニッシャー、先発SO、CTBとユーティリティーの高い立川と、10番争いが本格化しそうな様相だ。

その一方で、キックを多用した戦い方には、状況に応じた対応力という勝つために欠かせない要素も反映されていた。勝者会見でエディーは、こう説明している。

「今夜のような(高温多湿な)コンディションを考えると、自陣から攻撃フェーズを重ねていくとボールも滑る。相手ディフェンスラインも非常に早く上がってくる状況で、パスを繋げることは非常に難しかったと思う。なので、ロングキックを蹴り込んでいくことに関しては、非常にいい判断だったなと思います。ロングキックを積極的に使い、そこへのチェイス(追走)を整えながらアタックしていくところが上手くいっていたなと実感しています」

 ひたすら愚直に自分たちの拘りを80分間追い求めるのではなく、相手のプレー傾向や気温などのゲームの中での自分たちが置かれている状況を判断し、プレーを選択する賢さも、この1勝からは浮かび上がる。

■金星を強烈に引き寄せる活躍をした選手…ニックネームは「タマ」

 最後に、この日の金星を強烈に引き寄せる活躍を見せた選手にも触れておこう。後半11分からピッチに立ったニュージーランド出身のNo8ティエナン・コストリー(神戸S)だ。30分程のプレー時間だったが、出場直後の相手キックオフボールを捕球して力強く前に出ると、直後にダブルタックルを成功。登場から1分あまりの展開からラックに入るとボールを奪い取った。

「マオリ・オールブラックスは子供の時から観ていたスーパーラグビーの選手が選ばれていた憧れのチーム。そういう相手と試合出来て、いいパフォーマンスを出せたのはすごく嬉しいし自信になる。僕のニックネーム“タマ”はマオリ語の男の子という意味。特別な関係があるチームです」

 試合後も目を輝かせていたコストリーだが、登場直後からのハードワークの後も最後まで高いパフォーマンスを見せた。自慢のスピ―ドを生かして、防御2人の間をこじ開けるようにゴール前まで迫り、ラックからの後半13分のPR竹内柊平(浦安D-Rocks)のトライをお膳立てすると、その後も再びキックオフキャッチからタックルを受けながら1歩前に出て、チームの攻撃に勢いをもたらした。相手の反撃には、FL山本凱(東京サントリーサンゴリアス)との連携で1歩も前進を許さないダブルタックルを披露するなど、イングランド戦で代表デビューしたとは思えない高いワークレート、スピード、フィジカリティーで金星を後押しした。

 残り30分限定での出場というアドバンテージは差し引くべきだろうが、ボールキャリー(ボールを持って仕掛けた回数)7、ゲインメーター(ボールを持ってのラン)24m、タックル回数ミスなしの6は、80分間のプレーに換算すると、どのデータもチームトップクラスの数値を叩き出している。

 このコストリーのメンバー入りに、エディーの第2戦必勝に賭ける思いが読み取れる。第2戦には、第1戦はメンバー外だったPR竹内、コストリー、立川の3人が控えに入った。立川はコンディションの影響で追加招集での代表復帰だったが、コストリーは第1戦前のジャパンXV メンバーには選ばれず、日本代表組に残っていたところを、第1戦の敗戦後に追加招集されている。この3人に、第1戦もベンチ入りしたLOサナイラ・ワクァ(花園近鉄ライナーズ)を加えた4人は、試合終盤にチームが勝ち切れる、逃げ切れるための経験値と実績を持つ“フィニッシャー”要員と考えていいだろう。先発15人については、2試合連続で若手メンバーの経験値への投資という編成だったが、控え選手を見ると、勝つための布陣を組んでいたのだ。

 エディーの思惑通り、必勝を期した第2戦は日本がリードを奪い、逃げ切る展開となった。防御や遂行力といったピッチ上の修正、進化に加えて、指揮官が仕組んだ必勝ベンチ布陣でようやく1歩を踏み出した新生エディージャパン。「超速」を短期間で修正して初勝利という追い風を起こしたジャパンXV組に、イングランド戦から1週間のオフを挟んでコンディショニングを整えるFLリーチマイケル主将(東芝ブレイブルーパス東京)ら主力メンバー戻ってきたスコッド35人が、新体制でのテストマッチ初勝利に挑む日本代表を、ワンステージ上のチームへと加速させる。(吉田 宏 / Hiroshi Yoshida)

吉田 宏
サンケイスポーツ紙で1995年からラグビー担当となり、担当記者1人の時代も含めて20年以上に渡り365日欠かさずラグビー情報を掲載し続けた。1996年アトランタ五輪でのサッカー日本代表のブラジル撃破と2015年ラグビーW杯の南アフリカ戦勝利という、歴史に残る番狂わせ2試合を現場記者として取材。2019年4月から、フリーランスのラグビーライターとして取材を続けている。長い担当記者として培った人脈や情報網を生かし、向井昭吾、ジョン・カーワン、エディー・ジョーンズら歴代の日本代表指導者人事などをスクープ。ラグビーW杯は1999、2003、07、11、15、19、23年と7大会連続で取材。

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