新生ラグビー日本、勝ち切れない「超速ラグビー」 人口400万人、東欧の小国ジョージアから学ぶもの
THE ANSWER / 2024年7月17日 11時33分
■2試合目のテストマッチで苦杯 第2次エディージャパン好発進を失速させたものとは
エディー・ジョーンズ・ヘッドコーチ(HC)が復帰して2試合目のテストマッチだったジョージア戦(13日)も23-25と苦杯に終わったラグビー新生日本代表。6日に行われたノンキャップ試合で、史上初めてマオリ・オールブラックスに勝利。エディーの掲げる「超速ラグビー」に手応えを掴んで臨んだテストマッチで、世界ランキングで下位の相手に残り5分でひっくり返された。日本選手の強みをさらに深めた「超速」で勝ち切れないのは何故か。ジョージア戦の戦いぶり、敗戦後の選手の言葉から苦闘の要因が見えてくる。(取材・文=吉田 宏)
◇ ◇ ◇
夏を迎えようとしている杜の都でも“桜”のジャージーは五分咲きに終わった。仙台では16年ぶりのテストマッチ。最後まで勝負の行方が分からない熱闘にスタンドも沸いたが、第2次エディージャパンのテストマッチ1勝目には3点及ばなかった。
「がっかりしました」。日本語でこう会見を始めたエディーは、感情を押し殺すような神妙な面持ちで苦闘を振り返った。
「もちろん結果は悔しいです。ジョージアが、やるべきことをしたことが、勝ち得た結果だと思う。私たちは、試合のほぼ60分間を14人でプレーする難しいゲームだったし、最後の10分は、さらにもう1人を失う状況でした。これが敗因ですが、その中でも、やはり力不足の面が見られたと思う」
前半20分という序盤戦に、FL下川甲嗣(東京サントリーサンゴリアス)が危険なプレーで10分間の一時退場となったが、処分中の再審議でレッドカードに変更された。14人での戦いを強いられる中で、さらに後半32分には自陣ゴール前での反則でLOサナイラ・ワクァ(花園近鉄ライナーズ)も10分間の退場処分を受けると、そのPKからのジョージアFWの猛攻で23-25と試合をひっくり返された。
世界ランキングは日本の12位に対してジョージアは14位。2つ下位の相手に、60分間を14、13人で戦い、2点差の敗戦。新チームを立ち上げたばかりで、1人平均11.1キャップという若い布陣を考えれば、そう悲観するべきではないとも解釈できる。ジョージアのゲームメンバー23人中14人はフランスリーグでプレーしている。だが、エディーが勝者を「やるべきことをして勝った」と称えたように、遂行力という視点で見れば、2つのチームには明確な差があった。
「今日代表デビューした2人を含めて、全員が自分たちのチームにプライドを持って戦いました。ミスはあったが、最後の最後まで戦うという姿勢、どうすれば勝てるかを考えながら戦い、決して諦めないチームです。もっと賢いプレー出来ればいいかも知れないが、選手の努力、戦いぶりには満足しています。400万人の国民を代表して戦うことに皆真剣です」
元イングランド代表で、エディーの下でも同代表コーチを務めたジョージアのリチャード・コークリルHCの会見での言葉だ。東欧からやって来た挑戦者たちは、キックオフから伝統の戦い方を発散させた。決してスポーツ大国ではないが、柔道やレスリングなど格闘技では世界有数の選手を擁し、上半身の筋力、腕力は世界でもトップクラスのアスリートが揃う。その恩恵は、間違いなくこの国のラグビースタイルにも反映されている。最前線で体を張り続けた日本代表LOワーナー・ディアンズ(東芝ブレイブルーパス)は、試合後に、強烈なフィジカルを前面に押し出して重圧を掛けてきた相手の破壊力を語っている。
「ジョージアはもともとレスリングの歴史がある国なので、1人ひとりが強いですね。いろいろな意味でなんですけれど、握力も強いし、体自体も強い。やり辛かったです。いままで対戦してきた相手の中でも、かなり強い」
まだ13キャップのディアンズだが、すでにニュージーランド、フランス、イングランドら世界トップクラスの相手と対戦してきた。その経験を踏まえても、ジョージアはフィジカル面では手強い相手だと苦笑した。ジョージアがジョージアらしさを発散したのは、単なるパワーだけではない。そのひたむきさ、愚直さ、迷うことなく己の信じるものを貫く姿勢だ。肉体だけではなく、ハートの領域でも、日本代表に強烈なボディーブローを何度も食らわし、勝利をむしり獲った。
■13人での戦いで露呈したゲームコントロールの必要性
日本代表が何かを怠っていたとは思わないが、その一方で、ジョージアが仙台で見せたあの真摯さ、筋骨隆々の肉体に自ら鞭を討つように密集戦で体を張り、モールに頭を突っ込んで押し込み、スピードに乗る日本のアタックを追いすがるようにしてでも止め続けた姿は勝者に相応しいものだった。
では、日本はどんなパフォーマンスを見せたのか。立ち上がりは、エディーが「これ以上ない仕上がり」と断言した通り、ジャパンXV(フィフティーン)戦も含めた今季の4試合で最高のアタックをみせた。エディーが掲げる「超速ラグビー」で定番となり始めたSHからのループ攻撃に加えて、この日はSOが仕掛けるループも使うことでバリエーションを広げ、アングルを変えたランナーのライン参加など、防御のベクトルを定めさせない多彩な攻撃で、無骨なジョージア防御を崩せる可能性を見せていた。
とりわけSH齋藤直人(トゥールーズ)の球捌きは過去にない程のアグレッシブさを見せ、攻撃をパスワークで加速させていた。エディーも、齋藤の序盤のプレーぶりには「時間帯により難しい状況もあったが、序盤のプレーに関しては思い描いた超速の球出しをしてくれた」と認めている。だが、めざすスタイルを80分間貫けないのが4試合で共通する課題に浮上する。
ジョージア戦では、相手が真摯に、直線的なラグビーを徹底してきた中で、そのスタイルに日本も浸食されるように巻き込まれ、時間を追うごとに序盤に見せたような多彩なアタックが薄らいでいった。この日の戦いぶりは、攻めても効率のいいスコアが出来なかった今季の1、2戦目に似た“攻め急いだ”ラグビーを見せていた。22歳ながら、いまや主要メンバーに定着するLOディアンズは、チームで最も体を張るポジションを担いながら、この日のチームの苦境を冷静に受け止めていた。
「いちばん上手くいかなったところは、アタックで自分たちもジョージアのようにフィジカルで戦おうというマインドセットでプレーし過ぎてしまった。我慢して我慢してアタックをして、無理矢理アタック、アタックという感じだった。もうちょっといい方法があったと思いますね。とくに前半のトライを獲った後に、フィールドの真ん中でずっとアタックしていた。あまりゲインはしていないし、下げられてもなかったけれど、裏にキックしてしまい、そこからディフェンスにまわってしまった」
ワーナーが指摘したシーンは、前半13分のプレーが如実に示している。敵陣22mライン前まで攻め込んだ日本は、速いパスアウトから左オープンに仕掛けた。だが、素早い展開にジョージア防御が対応できずに5対4と数的優位な状況を作り出せながら、ショートパントを蹴って、相手選手に容易にフェアキャッチされトライチャンスを手離している。
蹴った選手は、相手防御の裏に大きなスペースが空いているのを好機と見て、パスを繋ぐより蹴ったほうがスコア出来る可能性が高いと判断したのだろう。だが、ここで攻撃権すら失ってしまったことで、前半8分の初トライに続くスコアが出来なかっただけではなく、浮足立っていたジョージアに精神的な余裕を与えてしまったという意味でも、勝負の綾になったプレーだった。
この日の日本の戦いぶりを見てみると、最高の滑り出しに自信を深め、さらにジョージアが強みのフィジカルを前面に押し出したスタイルに対抗するように、自分たちもこだわる「超速」で勝負しようとしていた。この意識自体は誤りではないだろう。だが、ワーナーが指摘した通り、「無理矢理」勝負を急いだことが、結果的に仕留め切れないという、イングランド戦、マオリ・オールブラックス第1戦と同じ轍を踏んでしまったようにみえた。マオリ第2戦へ向けては修正力をみせて、戦況に応じたプレーの選択でトライを奪ったが、ジョージア相手には組織としての未熟さを再び露見させていた。
この状況で痛感させられるのは、ゲームメーカーの不在だ。ピッチに立つ15人の中で、状況を的確に読み取り、最適なプレーを選択する役割だが、先発したSO李承信(コベルコ神戸スティーラーズ)は、プレー時間は短いながらも昨秋のワールドカップ(W杯)も経験して代表キャップも12を数えるが、エディーが「経験値を積んでいく選手」と評価するように、これからの選手だ。後半出場の山沢拓也(埼玉パナソニックワイルドナイツ)も、国内リーグでのファンタジスタぶりはファンの知るところだが、国際経験はまだスタートしたばかりという段階だ。リーチマイケル(BL東京)という経験豊富なリーダーはいるが、リーチをサポートしながらBKの中でリーダーシップを発揮する選手が不在なのが、新生エディージャパンの実態と考えていいだろう。
■主力のLOワーナー、SH齋藤が語る勝ち切れない理由
一方で、ワーナー個人の言動について考えると、まだ大学生の世代ながらそのラグビーナレッジ(知識、理解力)の進化に目を見張るものも感じさせられる。ジョージア戦でのチームの苦闘を指摘したのに続けて、日本がどう戦うべきだったかにも思いを巡らせている。
「相手のフィジカルから逃げるのではなくて、相手をうまく動かしてから、また自分たちのフィジカルを見せるというやり方も良かったのかなと思います。もうすこしゲームをしっかりとコントロールしてね。トライを獲った後は皆元気で、盛り上がっていて『アタックで行こう』という雰囲気だった。たぶん、ちょっと興奮しすぎたというか、あの状況から、もう少し上手く戦っていけたらいいなと思うんです」
“敗戦の中での収穫”とはスポーツ界の常套句でもあるが、この敗戦に関しては、ディアンズの冷静なゲーム理解力がそれにあたる。序盤戦の従来以上の超速でのアタックを見せながら、自分たちの思い描く結末を描き切れないチームの苦境を客観的に観察し、どうするべきかというアイデアを試合直後に、自分なりに言語化出来ていたのだ。おそらくワーナー1人だけが傑出してこのような判断をしているのではなく、多くのメンバーが自分たちの課題を見極めていただろうし、そう期待したい。
序盤のパスワークが光ったSO齋藤の試合後のコメントも、ディアンズとは異なるアングルからこのゲームをよく物語っていた。
「人が少なかったので、どんどん早目にチームを前に出したかった意識はありましたね。そこで、キックも織り交ぜたプレーをしていた。ただ、逆にそこでの判断が良くなかった。僕もそうですし他のBKも、もっとボールを動かしながら、相手防御が上がってきたらコーナーに蹴るとか、柔軟にプレーしていかないと。ここはしっかりビデオでレビューしていきたい」
チームの攻めるマインドの中での歪みや、ゲームメーカーの不在を感じさせるコメントだが、齋藤がさらに付け加える。
「僕も迷っちゃっていた。BKが攻める方向が左右どちらかを、僕としてもちょっと明確じゃないままプレーしてしまっていた。あまりクリアにプレーできなかった。もしかしたら、ボール上げる(キック)判断でも良かったかも知れない」
以前ならSHの仕事は、ボールを司令塔のSOに供給することだった。だが、プロ化が進む中で、いまやSHを起点にゲームを組み立て、キックも積極的に使っていくポジションに転じている。いわばSOと共同でゲームを作り上げていく役割だが、いまの「超速」というスタイルの中で、ゲームメーカーまで9番に委ねるのは負担が大きすぎる。はやりSH、SOのコンビネーションでゲームを組み立てていくのが妥当だろう。
15日に発表された世界ランキングで、日本は12位から14位へ後退している。ホームゲームで、ランクが下の相手に敗れたのが響いた。勝ったジョージアが日本に代わり12位に浮上したが、仙台での苦杯は相手から学ぶべきこともあった。
ゲームデータを見ても地域支配率(日本49%)やボール保持率(同55%)は互角に近い数字だ。パス、攻撃走行距離などのアタック面のデータはむしろ日本が上だった。だが、ラグビーという競技は知性と野蛮さ、合理的なゲーム理解と通過儀礼のような勇気という相反する要素が並んで欠かせない資質になる。ゲームの50%は戦術であり、ゲーム構造であり、合理性だが、残りの50%はパッションであり根性だ。実力が拮抗する相手との試合では、この2つのどちらを欠いても勝利は容易ではない。2つのバランスをいかに保ちながら強化を進めるかが、コーチの手腕の見せ所になる。
先に触れたように、ジョージアというチームが1万5903人が見守るスタジアムで発散したのは、このパッションに他ならないだろう。どんな状況でも、自分たちのスタイルを貫き、自分自身に打ち勝つように疲労の中でも前に出る。日本選手の賢さや、真面目にプレーを履行する姿勢は誰もが認めるところだ。そこにもし、勝者が見せた迸るような情熱を学び取ることが出来れば、第2次エディージャパンは、さらに魅力のあるチームに進化するだろう。
もちろん、一朝一夕に得られないものもある。今週末の札幌で行われる夏のシリーズの最終戦の相手は、ランク8位に立つイタリアだ。昨夏には日本が敵地で21-42で敗れた相手は、新HCゴンサロ・ケサダの下で2、3月の6か国対抗ラグビーでは2勝を挙げるなど、明らかにジョージアを上回る強豪だ。新体制始動のテストマッチシリーズ全敗を回避するためには、ゲームをどう冷静に組み立て、適切な判断の下で80分間ブレずに戦うことが出来るかが鍵を握る。(吉田 宏 / Hiroshi Yoshida)
吉田 宏
サンケイスポーツ紙で1995年からラグビー担当となり、担当記者1人の時代も含めて20年以上に渡り365日欠かさずラグビー情報を掲載し続けた。1996年アトランタ五輪でのサッカー日本代表のブラジル撃破と2015年ラグビーW杯の南アフリカ戦勝利という、歴史に残る番狂わせ2試合を現場記者として取材。2019年4月から、フリーランスのラグビーライターとして取材を続けている。長い担当記者として培った人脈や情報網を生かし、向井昭吾、ジョン・カーワン、エディー・ジョーンズら歴代の日本代表指導者人事などをスクープ。ラグビーW杯は1999、2003、07、11、15、19、23年と7大会連続で取材。
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