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ドーピング陽性は「絶対やっていない」 世界一から転落…絶望も救いもくれた水泳に育てられたもの――競泳・古賀淳也

THE ANSWER / 2024年7月30日 16時34分

古賀淳也さんが考える、水泳が人を育てるもの【写真:中戸川知世】

■「シン・オリンピックのミカタ」#32 連載「私のスポーツは人をどう育てるのか」第2回

 スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト「THE ANSWER」はパリ五輪期間中、「シン・オリンピックのミカタ」と題した特集を連日展開。これまでの五輪で好評だった「オリンピックのミカタ」をスケールアップさせ、大のスポーツファンも、4年に一度だけスポーツを観る人も、五輪をもっと楽しみ、もっと学べる“見方”をさまざまな角度から伝えていく。「社会の縮図」とも言われるスポーツの魅力や価値が社会に根付き、スポーツの未来がより明るくなることを願って――。

 今回は連載「私のスポーツは人をどう育てるのか」。現役アスリートやOB・OG、指導者、学者などが登場し、少子化が進む中で求められるスポーツ普及を考え、それぞれ打ち込んできた競技が教育や人格形成にもたらすものを語る。第2回は2009年ローマ世界水泳の男子100メートル背泳ぎ金メダリスト・古賀淳也さん。身に覚えのないドーピング違反の通知を受けたが、37年の人生を通じて水泳に多くを救われた。(取材・文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)

 ◇ ◇ ◇

 僕は水泳によって何を育てられたのか。一つはレース結果に固執するのではなく、1回ずつ切り替えること。1番になれなかった時、いいレースができなかった時、「それはそれ」と切り替えを徹底してきました。次はどうするのか、これの繰り返しです。

 水泳での経験を、あの出来事にも上手に生かすことができたと思います。

 2018年4月に受けたドーピング違反の通知。あり得ない、絶対にやっていない。通知を受け止めきれず、パニックになりました。外に出ても見られているんじゃないかと思ってしまう。朝起きて、気づいたら夕方になっている。死がすぐ隣にあった。ベランダを飛び越えれば楽になるのかなって。ご飯も食べられず、絶食に近い状態。全く動けない状態が3週間ほど続き、10キロくらい痩せました。

 予定したアジア大会も確実に4連覇し、ベストタイムを出せると思うくらい調子がいい。東京五輪も100メートル背泳ぎで出場する強い決意がありました。悔しいし、先のことを諦めたくない。強く思っていたことです。

 起きてしまったことは変えられない。だから、水泳以外の問題にも「これはこれ」と受け止めた上で切り替えて、どう真摯に向かっていくのか。あの時は2、3週間かかってしまったけど、4年間の資格停止になることを前提に水泳を諦めたことで、「次に向けて全力で戦う」と切り替えられるようになりました。

 その後、弁護士の方々にも「本当はやったんじゃないの?」と詰められました。僕は感情的になり、「自分はドーピング違反を嫌悪して競技をやってきた。だから、絶対にそれはないです!」と声を荒らげました。机を叩きながら「馬鹿にしてんのか!」と怒るくらい。

 いま考えると、本心を聞きたかったのだと思います。本当にやっていない上で、何をどう証明したいのか、本気なのか。失礼な話ですが、そこから弁護士の先生たちも協力してくださいました。


2009年ローマ世界水泳で金メダルを獲得した古賀さん【写真:Getty Images】

■僕は水泳に対して嫌なヤツでありたくなかった

 過去の事案や判例を見たり、先生方の話を聞いたりしている中、「今、自分が一番したいことは何か」と考えました。声を荒らげた時、僕はまず「自分が全うな人間、全うなスポーツ選手であると全力で証明したい」と自覚したんです。

 とにかく摂取ルートの特定が必要。ただ、コストと時間がかかる。足踏みが続いた結果、最初の締め切りでは明確なルートが出てこなかった。でも、僕はやっていないし、検査をやり直してでも証明したい。FINA(世界水泳連盟)の聴聞会のため、弁護士、通訳など4人でスイスに行きましたが、渡航費用や報酬は全て自腹です。競技ができていないし、貯めたものはほぼ全てなくなりました。

 仕事もないし、復帰できるかもわからない。復帰したところでサポートを受けられるのかもわからない。結局、原因はサプリメントに禁止物質が混入していたこと。ですが、故意の摂取ではないことが認められ、資格停止期間は2年になりました。

 次に向けてどう改善し、突き詰めていくか。その過程が楽しい。これは水泳に限りません。

 資格停止中に趣味で始めたアクセサリー作りでブラッシュアップしていく過程は、水泳が凄く生きました。やっぱり楽しい。これが水泳だったらもちろん最高ですが、一歩ずつ何かを進めていくことで気持ちもどんどん前向きになっていった。水泳でそういう生き方をしてきた自分が、それ以外のことでも同じように生きられるんだなと。凄く救われた部分です。

 水泳にこだわったのは、単純な話。勝敗に関係なく、やった分の跳ね返りがしっかりあるから。結果を自分で見直して改善できる。僕は水泳の知識と経験がたくさんあり、次以降のレースに積み重なっていくのが実感できた。だからこそ、水泳をしました。執着したというより、理解できる部分が多かったからです。

 それと、僕は水泳に対して嫌なヤツでありたくなかった。

 それは人に対しても同じ。競技を離れる前後でも、周りは僕の真剣な姿を見てくれていた。陽性になって、普通なら協力なんかしないはず。でも、「この人がそんなことをやるはずがない」「背中を押してあげよう」という方々もいました。現場に復帰した時、日本水泳連盟の方々は「待ってたよ!」と泣いて喜んでくださいました。

 それまでの水泳を通じた過ごし方、人との接し方が間違いじゃなかったんだなと。競技のアドバイスを送り合えたのもそう、合宿で仲良くなってご飯に行くのもそう。水泳が自分を成長させてくれたし、仲間との関わりを実感させてくれたものでした。


古賀さんは今、水泳教室で全国の小学校を飛び回っている【写真:中戸川知世】

■陽性後に最初に会えたのも競技人生に関わった人たち

 もともとは人付き合いが凄く苦手。小学生の時も基本的には学校が終わったらスイミングで練習をする生活。友だちもそんなに多くない。だけど、水泳に行けば互いに大会に出て認め合ったり、隣同士で泳ぎ終わった後に話したり。水泳が人との関わりを実感させてくれて、関わり合いの中でどう動くべきかを教えてくれたものでした。

 だから不条理なことを味わっても、スポーツに対してネガティブな意識は全くありません。逆にスポーツをやっている人だから気持ちをわかってくれた。陽性後に最初に会えたのも、競技人生に関わっていた人たち。だから、外にも出られなかったところから人に会えるようになっていった。

 そこで気兼ねなく、今も昔も変わらずに慕ってくれる選手、コーチがいたのが凄く嬉しかった。僕が故意にそういうことをする人間じゃないと信じてくれている。

 今年3月に引退し、今はトレーニングを継続しながら水泳教室で全国の小学校を回っています。子どもたちには不思議と懐かれますね。「まずは人の話を聞きましょう」「自分で試してみましょう」と伝えています。その後に結果がどうだったのか、周りと情報を共有する。水泳を通して、人との関わり合いの中で必要なものを勉強してもらう。

 水泳も、勉強も興味を持って取り組んでねって。その中で「本当に水泳って楽しいものなんだよ」と伝えたい。将来的には自分の目指すものに一生懸命取り組んでほしい。それが水泳以外でもいい。何かにしっかり打ち込める人間になってほしいと思います。

 今、僕が生きていてよかったと思える瞬間は心の余裕を感じた時です。練習後に疲労を感じながら、「はあー」とボーっとする時間。そういう時にこそ「あぁ、生きているんだな」と改めて思い直します。これは何かに一生懸命に取り組まないと実感できない。僕は水泳教室で体を使い、子どもたちにどう教えるのか頭を整理する。突き詰めることでホッとする部分が出てきます。

 でも、もう少し忙しくてもいいのかな(笑)。自分の活動にしっかりと真摯に取り組みながら、アクセサリー作りや表に出る仕事など、水泳以外にも挑戦の機会があればやってみたい。水泳教室の拠点はなく、お話をいただいたところに伺っています。先日は宮城や静岡に行き、8月は徳島、9月は新潟にも行きます。日程が調整できるのであれば、全国各地どこへでもお伺いします。

■古賀 淳也 / Junya Koga

 1987年7月19日生まれ、埼玉・熊谷市出身。37歳。5歳から水泳を始め、春日部共栄高から早大に進学。09年ローマ世界水泳で100メートル背泳ぎ優勝。50メートル背泳ぎは同大会と17年ブダペスト世界水泳で準優勝、14年アジア大会(仁川)で3連覇、日本選手権で3連覇含む9度優勝。16年リオ五輪400メートルリレーで8位入賞に貢献。18年4月にドーピング違反で国際水泳連盟から4年間の出場停止処分を受けたが、スポーツ仲裁裁判所に意図的ではないと認められ、2年間に短縮。20年8月に競技復帰。24年3月の国際大会代表選考会を最後に現役引退。50メートル背泳ぎの24秒24(09年)は日本記録。身長181センチ。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)

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