体操ニッポンに見た「伝承」の強さ 起源は“真似”にあり…8mmビデオから始まった「お家芸」
THE ANSWER / 2024年8月1日 20時33分
■「シン・オリンピックのミカタ」#39 「OGGIのオリンピックの沼にハマって」第8回
スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト「THE ANSWER」はパリ五輪期間中、「シン・オリンピックのミカタ」と題した特集を連日展開。これまでの五輪で好評だった「オリンピックのミカタ」をスケールアップさせ、4年に一度のスポーツの祭典だから五輪を観る人も、もっと楽しみ、もっと学べる“新たな見方”をさまざまな角度から伝えていく。「社会の縮図」とも言われるスポーツの魅力や価値の理解が世の中に広がり、スポーツの未来がより明るくなることを願って――。
今回は連載「OGGIのオリンピックの沼にハマって」。スポーツ新聞社の記者として昭和・平成・令和と、五輪を含めスポーツを40年追い続けた「OGGI」こと荻島弘一氏が“沼”のように深いオリンピックの魅力を独自の視点で連日発信する。
◇ ◇ ◇
日本体操陣が「お家芸」をしっかりと継承した。団体総合の劇的な金メダルに続いて、岡慎之助が個人総合で優勝。連覇を目指しながらあん馬で落下したエース橋本大輝に背中を押され、20歳は堂々と演技した。金メダルが決まって抱き合う岡と橋本の姿を見ながら、脈々と伝わってきた男子体操の強さを見た。
「お家芸」とは、もともと歌舞伎や能、狂言などの伝統芸能で、それぞれの家に代々伝わる独特な芸、得意な芸のこと。スポーツで使われる場合でも、一過性ではなく「伝承」の強さを表す。先代から引き継ぎ、後世に残す。その繰り返しがあるから「お家芸」になる。
五輪の体操には、伝承の歴史がある。柔道は今大会で100個目の五輪メダルを獲得したが、体操はすでに前回の東京大会で競技別では唯一の100個に到達している。半世紀以上に渡る歴史の積み重ねの上に「体操ニッポン」はある。
岡の優勝に一緒にガッツポーズする橋本大輝(左)【写真:ロイター】
■体操ニッポンの始まりは「真似」
1960年のローマ大会で初めて団体総合で金メダルを獲得した日本男子体操は、そこから5連覇。80年モスクワ大会不参加で「伝承」が一度は途切れたが、2004年アテネ大会で28年ぶりの復活優勝を果たすと、その後は表彰台に立ち続けている。
小野喬、遠藤幸雄、加藤沢男、具志堅幸司、冨田洋之、内村航平と継承されたエースの称号は橋本につながれ、岡が後継者として名乗りをあげた。岡はパリ五輪代表を決めた6月、「橋本さんに勝てば、世界王者ですから」と話した。身近に世界があることが、競技のレベルを上げる。その繰り返しが、体操を強くした。
中でも「十八番」が鉄棒だ。月面宙返りの塚原光男、10点満点の森末慎二らで種目別最多の金メダル7個を獲得。団体5連覇では、最終種目の鉄棒で金メダルを決めるのが定番だった。今大会だけでなく、04年アテネ大会の「栄光の架け橋」も、16年リオデジャネイロ大会も日本が最も得意とする鉄棒で逆転しての金メダルだった。
基本は「真似」だ。戦後、52年ヘルシンキ大会に初出場した日本体操陣は、世界との差を痛感したという。8ミリビデオに撮った海外の演技を、ひたすら真似た。「小野に鉄棒」と言われた小野は「日本人は真似が得意。そして、さらに上を目指す工夫も得意だった」と話す。
世界の頂点に立ってからは、先輩の演技を真似た。そこに工夫をこらして進化させた。その繰り返しこそが「伝承」になる。萱和磨が団体の時に鼓舞し続けた「あきらめるな」も伝統。最後に得意の鉄棒があるから選手は逆転を信じて演技できる。それも強さだ。
「お家芸」を継承していくために、今大会は最高の結果といえる。岡はもちろん、橋本も次のロサンゼルス大会を目指す。「さらに日本は強くなる」と橋本は話したが、それも十分可能。2人の五輪個人総合王者が後進に引き継ぐ時間も長くとれる。中国などライバルは強いが、しばらく「体操ニッポン」が輝き続けそうだ。
■日本スポーツに増える「お家芸」への期待
この日は、もう1つの「お家芸」柔道でもメダルを獲得した。ただ、日本発祥というだけではない。伝統を「継承」しながら、世界に合わせて進化させてきたからこそ、今の強さがある。こちらも、体操同様に世界王者が身近にいる。「金メダル」が現実的な目標になる。だからこそ強くあり続けられるし「お家芸」になりうる。
五輪では他にも「お家芸」がある。競泳では1928年アムステルダム大会の鶴田義行が初めて金メダルを獲得した平泳ぎ。前畑秀子、田口信教、岩崎恭子、北島康介らが12個の金メダルを手にしている。自由形に比べて技術的要素が強く、潜水泳法、田口キックなど独自の工夫を「継承」してきたからこそ「お家芸」になった。
レスリングでは男子のバンタム級(57キロ級)。廃止されたフライ級(54キロ級)と並ぶ5個の金メダルを獲得しており、16年リオ大会銀メダルの樋口黎は今大会で「伝統のバンタム」復活を目指す。近年では女子も伊調馨や吉田沙保里の活躍で「お家芸」になりつつある。
堀米雄斗が連覇し、女子も2大会連続日本勢が優勝したスケートボードも、将来的には「お家芸」になるかも。金メダルの吉沢恋が「東京大会を見て、出たいと思った」というように、継承のスピードは驚異的に速い。フェンシングも将来的には「お家芸」かも。優勝した加納虹輝が「(08年)北京大会の太田(雄貴)さんを見て」目指したように、次は加納を目標にする選手が出てくるかもしれない。
体操、柔道、競泳、レスリングのメダル量産競技だけでなく、さらに日本の「お家芸」ができれば五輪はさらにおもしろくなる。今大会での選手の頑張りが新たな「お家芸」誕生の第一歩になる。(荻島 弘一 / Hirokazu Ogishima)
荻島 弘一
1960年生まれ。大学卒業後、日刊スポーツ新聞社に入社。スポーツ部記者としてサッカーや水泳、柔道など五輪競技を担当。同部デスク、出版社編集長を経て、06年から編集委員として現場に復帰する。山下・斉藤時代の柔道から五輪新競技のブレイキンまで、昭和、平成、令和と長年に渡って幅広くスポーツの現場を取材した。
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