柔道の誤審騒ぎは「今回が特に多いと思えない」 審判の質に課題も…ここまで過熱した理由と違和感
THE ANSWER / 2024年8月2日 20時28分
■「シン・オリンピックのミカタ」#44 「OGGIのオリンピックの沼にハマって」第9回
スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト「THE ANSWER」はパリ五輪期間中、「シン・オリンピックのミカタ」と題した特集を連日展開。これまでの五輪で好評だった「オリンピックのミカタ」をスケールアップさせ、4年に一度のスポーツの祭典だから五輪を観る人も、もっと楽しみ、もっと学べる“新たな見方”をさまざまな角度から伝えていく。「社会の縮図」とも言われるスポーツの魅力や価値の理解が世の中に広がり、スポーツの未来がより明るくなることを願って――。
今回は連載「OGGIのオリンピックの沼にハマって」。スポーツ新聞社の記者として昭和・平成・令和と、五輪を含めスポーツを40年追い続けた「OGGI」こと荻島弘一氏が“沼”のように深いオリンピックの魅力を独自の視点で連日発信する。
◇ ◇ ◇
柔道で「誤審」が相次いでいるという。初日の男子60キロ級の永山竜樹に始まり、連日のようにSNS上に「誤審」の文字が躍る。五輪のたびの「誤審騒ぎ」は恒例だし、今回が特に多いとは思えない。東京大会は日本選手が好調で話題にもならなかったが、今大会は日本選手の敗戦にかかわることが多いから目立つのかもしれない。
確かに、五輪を見ていて首をひねる判定は少なくない。国内の大会でも「指導のタイミングがおかしい」「今のは一本では」という話は出る。ただ、国際試合では多い。注目される五輪で話題になるが、実は世界選手権でも「誤審」が疑われるようなケースは少なくない。
それでも、今大会の「誤審続出」には違和感がある。「待て」がかかった後も締め技が続いたのは問題だが、これも「誤審」とはいえない。早い指導も「誤審」ではない。仮に疑わしい事象があれば、国際柔道連盟(IJF)に対して正式な抗議文が提出されるし、IJFもそれに対して見解を出す。もちろん「誤審」を認める場合もある。
柔道が4年に1回、五輪の時だけしか話題になりにくい競技だからこその「誤審」騒ぎもある。もともと「講道館審判規定」をもとに作られた「IJF審判規程」は、これまでに何度も改正されている。特に近年は多い。2000年代に入ってからも「ゴールデンスコア方式」が採用され「効果」「有効」「下半身への攻撃」が禁止されるなど、五輪のたびにルールが変わるから「おかしい」と思うのも分かる。
村尾三四郎の投げ技がポイントにならなかったのも、22年に「接地時に背中が90度以上畳に向いていなければポイントなし」となったため、頭から突っ込む「ヘッドダイビング」も厳格になっていた。
選手を危険から守り、競技を魅力的にするためのルール改正だが、対応する選手や審判は大変。全日本柔道連盟の審判委員会はルール変更にともなう74ページもの審判ガイドを23年に出して教育をすすめるが、世界的にはレベルの低い審判がいるのも確か。国際大会では「指導」のタイミングも国内大会に比べ一定しないように思う。
■世紀の誤審、篠原信一の言葉「誤審と言われてもメダルの色は変わらない」
もちろん、IJFも審判教育はしているし、大会前には判定基準を確認するための審判会議も行われる。ビデオ判定も導入されているし、審判の上には「ジュリー」もいる。それでも、疑わしい判定(誤審でなくても)は少なくならない。そこは、IJFの問題でもある。
国際大会の審判レベルは低い、または日本国内の試合と判断基準が違うから、日本代表でも「技は明確に」「最後まで止めない」などが徹底される。審判の「ミス」を織り込み済みで試合に臨なければならないことも、世界の審判のレベルが低いことを表している。
「誤審」といえば、2000年シドニー大会決勝、ドイエ(フランス)戦の篠原信一が有名だ。内また透かしを認められず、相手のポイントになって惜敗。試合後「弱いから負けた」が「名言」とされ、日本チームに抗議にIJFも後に誤審を認めた(篠原の内またすかしは認められなかったが)。
10年以上たって、本人に聞いた。「ああいうことは、あると思っていた。どういう判定にも、気持ちを切らさず攻めないと。一瞬『どうして』と。それが弱さ。審判のせいじゃない」と話し「もうええですわ。誤審と言われてもメダルの色は変わらない。それが柔道だし、自分の弱さを思い出すだけで、何の慰めにもならない」と続けた。
「誤審」騒ぎで心配になるのは、審判たちだ。JOCは1日、SNS等での選手たちへの誹謗中傷について「マナーを守って」と異例の声明を出したが、審判についても同じだ。「判定がおかしいのでは」くらいなら分かるが、それが審判への誹謗中傷へと発展していく。
篠原の技を見落としたニュージーランド人審判は、日本などからの誹謗中傷で母国に住めなくなったという。SNSが発達した今なら、さらに深刻。審判を攻撃するのは、選手を攻めるのと同じだ。
もちろん、審判レベルを上げることはIJFの急務だし、発祥国の日本にもできることがあるはず。個人的には賛成しかねるが、レスリングなどのように選手側がビデオ判定を求めるシステムが必要なのかもしれない。「誤審があるのがスポーツ」という思いは今もあるが、それを声高に言えない時代になった。それでも、五輪で見てほしいのは選手の活躍。決して審判のアラを探すことではない。(荻島 弘一 / Hirokazu Ogishima)
荻島 弘一
1960年生まれ。大学卒業後、日刊スポーツ新聞社に入社。スポーツ部記者としてサッカーや水泳、柔道など五輪競技を担当。同部デスク、出版社編集長を経て、06年から編集委員として現場に復帰する。山下・斉藤時代の柔道から五輪新競技のブレイキンまで、昭和、平成、令和と長年に渡って幅広くスポーツの現場を取材した。
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