世界のトップアスリートが陥る栄養問題 日本食の印象の影響か、スポーツ大国・米国が米を重宝する理由
THE ANSWER / 2024年8月9日 11時43分
■「シン・オリンピックのミカタ」#79 オリンピックを通して考えるスポーツと食・前編
スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト「THE ANSWER」はパリ五輪期間中、「シン・オリンピックのミカタ」と題した特集を連日展開。これまでの五輪で好評だった「オリンピックのミカタ」をスケールアップさせ、大のスポーツファンも、4年に一度だけスポーツを観る人も、五輪をもっと楽しみ、もっと学べる“見方”をさまざまな角度から伝えていく。「社会の縮図」とも言われるスポーツの魅力や価値が社会に根付き、スポーツの未来がより明るくなることを願って――。
今回はサッカー・Jリーグやラグビー・リーグワンのクラブを担当し、「THE ANSWER」で食事・栄養に関する連載を担当している公認スポーツ栄養士・橋本玲子氏とともにオリンピックを通して食の課題を考える。前編ではトップアスリートの利用エネルギー。(前後編の前編、取材・構成=長島 恭子)
◇ ◇ ◇
近年、世界のスポーツ界ではトップアスリートの利用可能エネルギー不足(Low Energy Availability=LEA)が問題となっています。
LEAとは、
(1) エネルギー摂取量が変わらなくて運動量が多くなった時
(2) 運動量は同じでも食欲不振等でエネルギー摂取量が減ってしまった時
(3) (1)と(2)の両方が重なった状態の時
に見られる、エネルギー不足の状態を指します。
アスリートがエネルギー不足を起こすと、パフォーマンスの低下やケガの要因になることはもちろん、様々な健康障害にもつながるリスクを抱えるため、LEAはスポーツ栄養の世界でも、取り組むべき大きな課題となっています。
アスリートは1日の消費エネルギーのうち、運動に占める割合が高いのが特徴です。そのためスポーツ栄養では、食事から摂るエネルギーは優先的に運動に使い、残りのエネルギーを運動以外の機能につぎ込む、と考えます。ですから、「必要なエネルギーをどれだけインプット出来るのか」という視点で、食事を組み立てます。
これは、一般(通常)の栄養学にはない、スポーツ栄養独特の考え方です。
一方、一般的な栄養学ではエネルギーバランスを軸に、食事を組み立てます。体重が減少すればエネルギー不足、また、体重が維持出来ていればエネルギー状態は良好と捉え、エネルギーの収支バランスを軸に考えるわけです。
■トップアスリートがエネルギー不足に陥る理由
では、なぜトップアスリートはエネルギー不足になりやすいのでしょうか?
競技性やポジションも影響しますが主な要因に、知識不足や食事の環境が整っていない、炭水化物やエネルギーがあるものを食べることに恐怖心を抱くなどが挙げられます。なかでも、炭水化物への恐怖心は多くのアスリートが抱えており、この問題はアスリート自身が「しっかり食べないと最高のパフォーマンスを発揮できない」と納得しなければ、解消されません。「しっかり食べる」という行動に結びつきません。ですから「力が出ないからとにかく食べよう」と、ただ説得するだけではなく、選手自身が理解し、自ら食べるという行動に移すための教育が重要になってきます。
アスリートに対し、食の教育に力を入れているのがスポーツ栄養先進国であり強豪国でもあるアメリカです。
アメリカのオリンピック・パラリンピックスポーツセンターでは、アスリートのアセスメントや食事プラン作成のほか、講習会、調理実習そしてサプリメントの使い方など、トップアスリートへの栄養教育プログラムが非常に充実。一連のプログラムは結果を出すことを最終目的として確立されています。
今年、弊社が共催した栄養セミナーに、オリンピック・パラリンピック委員会のシニア栄養士、ヌワニー・ジャヤラットさんを招へいしました。その時の彼女の講演の内容から、アメリカのオリンピック選手たちがエネルギー不足にならないよう、どのような食事を摂っているのかをご紹介しましょう。
ジャヤラットさんは代表でアクロバットコンバット(格闘系とアクロバット系の競技チーム)を担当。競技で言うと、レスリング、柔道、テコンドー、体操、飛びこみ、アーティスティックスイミングと、体重管理が非常に重要なスポーツの栄養士を務めています。
ジャヤラットさんは「オリパラの栄養士が目指すのは、結果を出すための栄養のプランを立てること。そしてエネルギー不足にならないように対応をすること」と言います。そして、エネルギー不足の対策のカギとなる食材として挙げたのが「米」です。
アメリカの選手と聞くと、主食はパンやパスタを食べるとイメージする方は多いと思いますが、実は炭水化物の供給源としてお米を選ぶアスリートは少なくありません。
特にジャヤラットさんがサポートする選手たちはヘルシー志向で食に対してこだわりの強い選手が多い、とのこと。そのため、健康的なイメージがあり、かつグルテンフリーである米は非常に好まれているそうです。彼らは米を使った食事を提供すると安心するため、ナショナルチームの合宿先や遠征先、また計量後の体重管理などあらゆるシーンで、米が重宝しているそうです。
選手たちが米を「健康的」ととらえるのは、実はヘルシーな印象のある日本食の主食であることが強く影響しているそうです。
■米がリカバリーのエネルギー補給にも優れているワケ
実際、米は低脂質で消化吸収のスピードが速く、たんぱく質も含まれているため、運動前や運動中、運動後のリカバリーのエネルギー補給にも優れています。
また、ジャヤラットさんがサポートする選手たちが食べているカルフォルニア米は、日本の米と異なりオイルやドレッシングとの相性がよいというのが特徴。サラダ、スープ、炒飯など料理のバリエーションも広く、「選手が飽きずに食べられる」という利点があります。
アスリートにとってバリエーションが多いということは非常に大切です。なぜなら、合宿や大会期間中は特に食事がマンネリ化しやすく、肉体的・精神的なストレスも大きい。そのため食欲が落ちやすい。エネルギーをしっかり摂るには、「飽きずに食べられる」ことがとても大事だからです。
ジャヤラットさんの話のなかで面白かったのは、米を使った料理は「インスタ映えする」という話。ライスサラダのような「映える料理」を出すと、選手たちも写真を撮り、それをSNSにアップしながら、喜んで食べるといいます。昔から「食欲をそそるには見た目も大事」と言われていますが、SNSと紐づけたアプローチに、新しさを感じました。
「アスリートたちの最優先課題は結果を出すこと。皆、自分のパフォーマンスを最大限発揮するための食材を選んでいる」とジャヤラットさん。
「私の見ている選手たちは既にトップレベルなので、伸びしろが大きいわけでも、今後、急激に競技力が急激に向上するわけでもありません。でも、メダルの色は最後の1%、0.1%の向上で変わってくる。彼らがやっていることは『Push the limit』、人間の限界に挑むような挑戦です」
アメリカのトップ選手たちは競技力向上のために、如何により良い食材を選び、自分に合った適量や調理方法を習得し、食事を大事にしているのか。このジャヤラットさんの言葉から、ひしひしと伝わってきました。
(続く)(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)
長島 恭子
編集・ライター。サッカー専門誌を経てフリーランスに。インタビュー記事、健康・ダイエット・トレーニング記事を軸に雑誌、書籍、会員誌で編集・執筆を行う。担当書籍に『世界一やせる走り方』『世界一伸びるストレッチ』(中野ジェームズ修一著)など。
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