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20歳で金メダル→スパッと引退 恋したカエルを求めて修士課程2年生に…今の目標は「絶対に博士号を」――ボクシング・入江聖奈

THE ANSWER / 2024年8月10日 10時33分

修士課程2年生になった入江聖奈、今はカエルの研究に没頭している【写真:松橋晶子】

■「シン・オリンピックのミカタ」#83 連載「あのオリンピック選手は今」第5回

 スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト「THE ANSWER」はパリ五輪期間中、「シン・オリンピックのミカタ」と題した特集を連日展開。これまでの五輪で好評だった「オリンピックのミカタ」をスケールアップさせ、大のスポーツファンも、4年に一度だけスポーツを観る人も、五輪をもっと楽しみ、もっと学べる“見方”をさまざまな角度から伝えていく。「社会の縮図」とも言われるスポーツの魅力や価値が社会に根付き、スポーツの未来がより明るくなることを願って――。

 今回は連載「あのオリンピック選手は今」第5回。五輪はこれまで数々の名場面を生んできた。日本人の記憶に今も深く刻まれるメダル獲得の瞬間や名言の主人公となったアスリートたちは、その後どのようなキャリアを歩んできたのか。

 一見つながっていないようで、つながっているボクシングとカエルの研究。2021年の東京オリンピック、ボクシング女子フェザー級で金メダルを獲得した入江聖奈は日本体育大学卒業後、東京農工大学大学院(農学府自然環境保全学プログラム)に進学してカエルの生態について学んでいる。東京オリンピックから3年、23歳となった彼女はどのような生活を送っているのか。(取材・文=二宮 寿朗)

 ◇ ◇ ◇

 7月某日、炎天下の東京農工大学府中キャンパスに入江聖奈は颯爽と自転車で現れた。

 修士課程の2年生となり、学業と研究の日々に明け暮れている。

 3年前のちょうどこのころ、彼女は東京オリンピックの表彰台のてっぺんに立っていた。金メダルと、ひまわりのブーケを手にして。「もう3年も経ったのかっていう思いはありますね。あっという間だな、と。ときの流れの速さを感じています。でも東京オリンピックで金メダルを獲ったときに、次のパリオリンピックのときはだいぶ自分の金メダルのこと忘れられているのかなと思っていたんですけど、ずっと私のところになんか意外とまとわりついてきて。これはちょっと想定外でしたね」

 まとわりつくというのは悪い意味ではない。それほど大きかった出来事だったことがうかがえる。次の目標に突き進んでいたら、最高の思い出をもっと懐かしく感じるかと思いきや、ずっと自分を離れないでいる。カエルをじっと眺めるように、どこか客観的に自分を観察しようとしているのが何とも彼女らしい。

 20歳で金メダルを獲った以上、誰もが次のパリも目指すと思っていた。ところが日体大卒業を機にボクシングから離れることを早々に公にする。小学2年生でボクシングを始めたきっかけになったボクシング漫画「がんばれ元気」の主人公、堀口元気が世界チャンピオンになって即引退したように。

「私の人格を形成する時期に『がんばれ元気』を読んでいるので、スパッとやめるっていうところは何か根づいちゃったところはあるのかもしれないですね。知らないうちに」

 これだと決めるとのめりこめるタイプ。大好きなカエルについて学びたいと思ってからは猛勉強して東京農工大学大学院に見事、合格した。


金メダルを獲得した東京五輪、「もう3年も経ったのか」と率直な感想を漏らす【写真:Getty Images】

■「カエルに感情があるかどうかは分からないにしても“気持ち”はある」

 早速、カエル研究の日々が始まった。フィールドワークでは都内の公園に自転車で赴き、「健康診断的な体重測定とかそういうことをして、頑張ってデータを取っていました」。アスリートゆえ、ときに50kmの距離もまったく苦にならない。日体大時代は練習の合間にカエルを見て癒されていたが、研究対象となって毎日見ても飽きないから、カエルLOVEを再確認できた。

 体重を測るとなると、当然ながら捕まえなきゃいけない。

「手を抜いたら、カエルって反応がもの凄く速いので逃げられてしまいます。そろーり、そろーりと近づいていってパッとつかむ。情をかけちゃダメなんですよ。本気でいかないと絶対に捕まらないので、いかに手加減なしでやるかがポイントなんです」

 じっと相手を観察して、まるで生命線だったジャブを繰り出すように。ボクシングで培ったものが、まさかここで役に立つとは。相手がよりスピーディーだと燃えてくるそうだ。

「ニホンアカガエルは凄いシャープな子なんですよ。跳躍力もかなりありますし、捕まえるにはこちらもかなり本気を出さなきゃいけませんからね」

 ユーモアたっぷりな口ぶりに、心の充実ぶりがうかがえる。

 ボクサー時代よりも1日が忙しい。というより1日のリズムが違うと言ったほうが正確だろうか。

「ボクシングをやっていたときは、練習の2、3時間に向けて調子を合わせていく感じでした。それまでは休息を取ったりして24分の3に集中するという生活。でも今はなんか1日丸々、カエルのことをしているので、時間の使い方は全然違うなって思います」

 朝はなるべく論文を読み、パソコンを駆使して調べものや課題などに取り組む。昼になると20匹ほど飼っているカエルの世話をする。これがとにかく時間が掛かるという。

「凄く小っちゃい子もいて、とにかく手が掛かるんです。小っちゃいからトビムシしか食べられなくて、このトビムシ集めに3時間くらい掛かる。日中はそれでつぶれますね。トビムシの研究したほうがいいんじゃないかってくらい時間を割いています(笑)」

 学校にも行かなければならないし、研究対象のヒキガエルが夜行性のため、夜はヒキガエルの調査に充てなければならない。そうやって1日ずっとカエルと向き合ってみて、やっと分かってくるものがある。

「やっぱり図鑑には書いてないことを調べるのが研究。カエルに感情があるかどうかは分からないにしても“気持ち”はあるんですよ。いかに寄り添えるか、いかにカエルの気持ちを知ることができるかが、生態学者としての大事なポイントなんだろうなっていうのは指導教員からも学んでいます。寄り添うことで感じた部分っていうのは数えられないほどあるので」


今の目標は「絶対に博士号を取る」だ【写真:松橋晶子】

■人生のシンプルな指針「どうせやるなら自分の好きなことに時間を使いたい」

 ボクシング時代の栄光を過去にして、やりたいことを見つけてドンドン進んでいる。一つのことに一心不乱にのめりこめるのも、それもまた入江らしい。

「好きな一つのことに打ち込むのは楽しいですね。私だってパリオリンピックを目指しながら、今のカエルの研究ができていたら凄く幸せだと思いますけど、そうはできませんからね」

 二つ同時になかなかのめりこめないというだけ。だからボクシングから離れても、好きであることに変わりはない。

「ボクシングは見ていますよ。一緒に日本代表で戦ってきた人たちの試合もそうですけど、プロの試合もちょくちょく、と。ボクシングの感覚が衰えるのが嫌なので、なるべく見るようにはしています。ボクシングから離れた以上、感覚が磨かれることはないとしても、頑張って現状維持にできるように」

 最近、研究の合間を縫って走り始めている。思った以上にスタミナがなくなっていたことは、ちょっとショックな発見だった。

「運動を再開してみて、まず思ったのは13、4年もボクシングをあれだけやっていたのに2年ほど動かなかったら、これほどになっちゃうのか、と。何か割に合わないよなってブツブツ言いながら走ったりしています」

 現在は修士課程の2年生。ひとまず目標は「絶対に博士号を取る」。ただ、その後のビジョンは定まっていないという。カエルの研究とトビムシ集めに奔走しながら、自然と見えてくるものだと思っている。

 アスリートから研究者へ。まさに真逆と言っていいほどのチャレンジを楽しみ、何より毎日をいきいきと過ごしている。

 入江は言う。

「いい人生なのは間違いないと思います。どうせやるなら自分の好きなことに時間を使いたいなっていうのがあって、それができているわけですから。好きなことだったらいくら大変でも苦にはならない。これからも好きなことをやっていけたらいいなって思います」

 好きなことだから、トコトン頑張れる。

 研究者になっても、入江聖奈は自分らしくあり続ける。

(後編に続く)(二宮 寿朗 / Toshio Ninomiya)

二宮 寿朗
1972年生まれ、愛媛県出身。日本大学法学部卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社。2006年に退社後、「Number」編集部を経て独立した。サッカーをはじめ格闘技やボクシング、ラグビーなどを追い、インタビューでは取材対象者と信頼関係を築きながら内面に鋭く迫る。著書に『松田直樹を忘れない』(三栄書房)などがある。

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